第288話 暴れ小熊④新車到着

 暮れも押し迫った二〇一八年十二月二十六日、田谷家にギョヴュヲ宛ての大きな箱が届いた。待望の新車である。


「ギョヴュヲちゃんが買ったのね、あの子ったら安くで良い物を買う天才ね」


 ギョヴュヲの母は何とか着払いの代金を端数だけでも値切ろうとしたが、配送のアンちゃんに断られ、腹立ち紛れで配送業者の東京本社にクレームの電話を入れた後で、我が息子の頭の良さに感動して涙を流した。


「ボッタクリに騙されず、立派に成長して……ママ感激っ!」


 新車で買えば四〇万円近いと言われるホンダモンキー(現行型の価格)の四分の一の値段で同じ(様に見える)車体を買ったのだ。これを買い物上手と言わずして何と言おう。


「新車で十万円なのに中古で十五万円なんておかしいわよっ! やっぱり安曇河の連中は下衆な奴らばかり。裕福な我々今都市民を騙そうったってそうはいかないんだからっ! ゲヴォく(下等・下衆・下僕 等の意味。他の街の住民を蔑む今都言葉)の下衆根性なんか屁でも無いわ♪」


 只々、ギョヴュオの母は我が子の賢さに感動して『自分は神の子を生みだした今都市……いや、東洋……違う。世界一の人間ではないか』と恍惚の表情で感動の涙を流していた。


      ◆      ◆      ◆

 

 終業式を終え帰宅したギョヴュヲは届いたバイクの梱包を破りながら途方に暮れていた。完全完成では無くて半完成品だったのだ。ハンドルや細かな部品を取り付けたりガソリンを入れなければ走る事が出来ないのだ。買ってすぐに乗ろうと思っていたギョヴュヲにとってこれは大きな誤算だった。


「ハンドルが付いて無ぇヴゃね~か、サーヴィスサービス悪っ!」


 だが、ホンダモンキーやゴリラによく似ているが、最初からロングスイングアームに十インチタイヤ、前後ディスクブレーキにロングフレーム。車体に付く殆どの部品にメッキとポリッシュ仕上げをされた車体は煌びやかでゴージャスな見た目だ。


(ヤフオクで七十万円なんて出す奴は馬鹿丸出しだ。同じ物が十万円で、しかも新車で買えたじゃないか)


 ハンドルや細かな部品をで取り付け終えたギョヴュヲは良い事を思いついた。


「そうだ、俺様の買い物上手さを下衆な連中に教えてやろう。そうすれば俺様に説教をした馬鹿バイク屋を懲らしめる事が出来る。うん、俺って天才!ヴォンゲルゲッフンヴォルゲッフン♪」喜びを表す今都の歌


 ギョヴュヲの歌は夕暮れの今都に響いた。


      ◆      ◆      ◆


 さてその頃、大島サイクルでは一年生たちがオイル交換やタイヤの空気圧調整、そしてタイヤに刺さったネジによるパンク修理などに訪れ、中のてんてこ舞いさせていた。合計五台のバイクがご来店。その中でひときわ消耗具合が目立つのが四葉のトゥディ改だ。


「四葉ちゃん、タイヤの横がえらく減ってるけど何か有った?」

「最近お母さんが夜に乗っていくんです」


 ボアアップキットとハイギヤ、さらにビックキャブにハイスピードプーリーまで組み込んだ四葉ちゃんのトゥディはかなり速い。お母さんはバイク通学世代とあって夜中にコンビニなんかに行ったりしているのだろう。それにしては少々タイヤの様子がおかしい。真ん中よりも両サイドが減って溶けかけているではないか。


(おかしいなぁ……何でこんなにタイヤの両サイドが減るんや? 常にハングオンで走ってるんか? そんな訳が無いわなぁ)


 一年生は五人とも安全運転のはずだ。車体側に異常があるのかと思ったが、ブレーキの引き摺りもベアリングの損傷もなさそうだ。いったい何が悪いのか解らない。 


 「まぁすぐにどうこうなる訳ではなさそうやし、減ったら交換したらええわ」


 瑞樹ちゃんはオイル補充、麗ちゃん・今日子ちゃん・澄香ちゃんはオイル交換。今年最後の入庫になりそうだ。今日子ちゃんはタイヤにネジが刺さっていたのでパンク修理もした。チューブレスタイヤは釘が刺さるくらいで走行不能にならないのが良い。空気を多めに入れて、ネジを抜いて穴をリーマで整える。


「おっちゃん、パンク修理やのに穴を広げるん?」

「これはな、ネジで開いた穴を整えてるんやで」


 リーマーを刺したまま糸通しにセットしたパンク修理材にゴム糊を塗る。しっかり塗ったらリーマを抜いて、すかさずパンク修理材を刺してゴム糊が固まらないうちに引き抜く。確認で石鹸水を霧吹きで吹きつける。空気が漏れて泡が出なければ作業成功だ。


「で、余った修理材をニッパでカットすれば作業完了」

「おっちゃん、ありがとう」


 代金の千八百円を受け取った後でココアを飲みながらお喋り。五人組は成績良好でテストで困る事は無かったようだ。今年の一年生は『暴れ小熊』と呼ばれる悪い生徒が少なく、昨年の理恵たちと違って妙な生徒に出会う事が少ないらしい。


「ふ~ん、去年はそんな事が有ったんや」

「今年は聞かへんわぁ」

「私は見たことあるで」

「私も見たけど遠くからやし、気色悪いと思ったで」

「私も騒いでるのを見た事が有るくらいやな」


 幸いな事に今年は暴れ小熊の被害が少ない。そう言えば市役者バスから秋分野ゴミが捨てられた事による破損や事故も少ない様に思う。徐々にではあるが、高嶋市も品行方正な方向へ進みつつあるのだろう。日が暮れ、家路につく五人を見送り店を閉めた。明日は年内最終営業日。御用納めだ。

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