第253話 速人の企み

 速人と喧嘩をして勝負をする事になった理恵。ところが大島に速くするためのボアアップを断られ、エンジン積み替えを頼もうとするが資金も無く、綾と亮二には相手にされず、美紀や絵里の協力を得ることも出来ず、速人と仲直りしようにも近寄る事すら出来ず、とうとう八方ふさがりとなっていた。


「こんにちは」

「お?慣らしは順調か?」


 理恵が困り果ててウチの店に来た数日後。速人がオイル交換と点検にやって来た。抜いたオイルに異物が入っていない。純正ミッションの品質の良さを感じる瞬間だ。


「理恵ちゃん来たでしょ?」

「おう、来たぞ。喧嘩したんやってな?そらまた何でや?」


 理恵が来ることを読んで先手を打っていたのだろうか。もしかすると理恵と喧嘩をしたのも何かをする為の作戦かもしれない。あらかじめ理恵のゴリラをパワーアップしない様に言っておいてから理恵に喧嘩を吹っかけたのだろうか?


「内緒です」

「内緒か、まあええわ。エンジンの方も多分ええ感じやわ」


 加速重視の純正流用クロスミッションのエンジンを組んだ速人のモンキーはエンジンの各部が馴染んで良い感じになってきた。さっき貸してもらって一回りして来たけどカブカスタム50のミッションより加速の繋がりが良い。特に発進の伸びが良い。積載や登坂を前提としたギヤで無く、乗用車的なスピードの伸びだ。2速へ加速の繋がる感じもスムーズで良い。『パワーバンドを外さない』ってやつだな。走行中ニュートラルに入るのも善し悪しだ。エンジンブローをする可能性は有るけれど、一旦停止の時などには便利だろう。


「ええ感じやわ。これはボールベアリングのケースのミッションには無いな」

「ダックスのミッションが有るでしょ?」


「有ると言えば有るけどなぁ、何せ古いからなぁ」


 ホンダのミニバイクでダックスというモデルが有る。これの70ccモデルが4速ロータリーでボールベアリングタイプのクランクケース。俗に言うカブタイプのクランクケースな訳だ。これのギヤを弄ってもクロスミッションは組める。ところが悲しいかなモデルが古い。6V電装だから今のカブやモンキーにそのまま積むことが出来ない。中に入っているミッションを取り出して使う訳だが、開けて見るまで使えるかどうかが解らない。そもそも需要があるから中古でも値段が張る。しかも荒く乗られたり変な改造をされてしまったりした個体が多い。高価で競り落としたミッションを開けてギヤ欠けしている事もあり得る。まさに開けて見るまでは何が出るか分からない宝箱だ。ゴールドが出るかミミックが出るかは博打みたいなもの。中古で買うには少々心配なところが有る。


「ダックスって最近再販してた気がするなぁ」

「最近ってほど最近でも無いですよ。90年代後半です」


 そう、ダックスが再販されたのは世紀末の話だ。俺がまだ20代の頃だ。


「やれやれ、おっさんは20世紀が懐かしいわ」

「20世紀だと僕は生まれてないです」


 年々時間が過ぎるのが早くなる気がするのだが、つい最近と思っていたのが20年以上前の話だ。そう思うと再販ダックスの部品で出ない物が有ると聞いても納得できる。いつだったか分解してオークションに出したダックスが飛ぶように売れたのもその辺りが影響しているのだろう。


「ホンダは『部品は何時までも出る』って言われてた時代が有ったんやぞ。だから古いモンキーやダックスでも安うで買うて直したんや。それで金欠な高校生が乗れたんやぞ」

「へぇ~」


 俺達の若い頃は解体屋でモンキーなりダックスなりを拾ってきて、警察署で盗難車でないか確認をしてからコツコツ直して乗ったもんだ。


「ところが、ホンダの創始者が亡くなって状況が一転したんや。それでもたまに再生産をかけたりしてくれる分ホンダはええけどな」


 先日直してリツコさんのお買い物の足として動いているジャイロは今も生産している。だけど改良を繰り返して生産しているから初期と現在の物は別車種と言っても良いくらい変化している。生産・供給終了の部品が多かった。キャブレターのパッキンもセット物は無いらしい。代替え品番がズラリと印刷された紙と一緒に来た。


「海外のクルマとかは部品が出るんですよね?」

「そうやな、アメ車なんか古い車でもリプロ品が多いからなぁ」


 海外のメーカーや輸出されていた車やバイクはリプロ部品が多い。リプロ品とは純正相当の社外製部品と言った所だろうか。日本車の場合は一部人気車種の物しかないが、海外だと思わぬマイナー車でも部品が出ると聞いた事は有る。


「カブなんかもビックリするくらい古い部品が出るからなぁ。海外でも売ってたバイクは強いで。伊達に1億台も売れた訳じゃないな」


 そんな頑丈なスーパカブのエンジンは部品が巡り巡って速人が手に入れてクロスミッションを組み込んだわけだ。今日はオイル交換。抜いたオイルに変な汚れや削れた金属も入っておらず順調といったところだ。


「で、速人はこの純正クロスを組んだカブエンジンで何を企んでるんや」

「内緒です」


 誘導して口を割らせる作戦は失敗だ。いつものG1オイルじゃなくて、わざわざG2オイルを入れての企みはどうやら俺には内緒らしい。

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