第251話 準備が続く

「席順は問題無し。中さんは殆ど商店街関係者ねぇ」


 来月の結婚式に向けて準備も大詰め。引き出物の手配にBGMの準備や思い出のスライドや何やかんやが忙しい。今回は出会いの再現VTRも流れるそうで、その辺りの細かな状況に説明やらリツコさんのドレスの調整やお色直しや……とにかく忙しい。俺はまだ暇だな。新郎の格好なんか見ても仕方ないし、どうせタキシードか紋付とかだ。結婚式の主役はリツコさんで間違いない。


「リツコさんも親戚は少ないの?」


 リツコさんの親戚は0だ。学生時代の友人も少ない。先日ウチへ来た竹原さんと、友人である葛城さん、その彼氏の浅井さん以外は仕事で付き合いのある人ばかりだ。


「うん、中さんも親戚が少ないみたいけど良いの?」


 俺は付き合いのある親戚が居ない。一応招待状は出したが全員欠席だった。付き合いも無い親戚なんて来ない方が助かる。お互い親戚は来なくて、出席は友人と仕事で付き合いのある者だけだ。新郎・新婦の両親が来ない結婚式なんて珍しいのではなかろうか。


「ほぼ天涯孤独やからな」

「私が居るじゃない」


 1人でも平気と思って生きて来たけれど、やはり誰かと家庭を持つのは良い事だ。一緒に飯を食って話をするって素晴らしい事だと40を過ぎて初めて実感した。


「そうやな」

「ね?」


 そんなやり取りをしながら準備しているが、他にも準備する事が有る。結婚式で1日家を空けるくらいならまだ良い。問題は新婚旅行中の事だ。俺の店には小さいながらも人気がありバイクが幾らか在庫で置いてある。新婚旅行へ行く10日間に泥棒が入られたりすると手の打ち様が無い。モンキーなんてアッと言う間に盗まれるさらわれる。こんな時に頼りになるのが車輪の会ホイラーズクラブだ。


「大島君が旅行で空ける間の留守番やな。任せとけ」

「お世話になります」


「あと、バージンロードで新婦のエスコートの件も了解。あのはお父さんが居んのか。大島君、気を引き締めて幸せにしてやるんやぞ」

「幸せにしてあげるんじゃなくって、2人で幸せになるんです」


 高村ボデーの社長に相談したら昼間の店番をしてくれる会員を手配してくれた。大きな仕事は引き受けないけどパンク修理やちょっとした修理をセミリタイヤした御隠居連中が引き受けてくれる事になった。問題は夜中の留守番だ。家が真っ暗で誰も居ないのは防犯上よろしくない。こちらは別の友人に頼んだ。


「夜中は任せておくんなはれ。まさが泊まります」

「別荘に来たつもりでのんびり過ごしてもらったらエエよ」


 夜中の留守番は金一郎の秘書長をやっているまささん夫婦がしてくれる事になった。政さんは運転手や鞄持ち、雑多な身の回りの手配をしてくれている年配の男性だ。若い頃にヤンチャをしていたが、体を壊して弱っていた所を金一郎に拾われて現在に至るそうな。奥さんも一緒に泊まり込んでくれるらしい。


「政の奥さんは我が家の家政婦さんでもあるんです。掃除も上手でっせ」

「金一郎の知り合いやったら安心やな。お願いします」


 もちろん留守番の御礼はする。とは言え金一郎には頼りっ放しな気がするなぁ。リツコさんがストーカーに狙われた時は世話になったし、今津さんが外回りに使うカブも買ってくれた。思わず頭を下げたら慌てだした。


「小さい頃に兄貴やおっちゃん・おばちゃんに世話になった事を思たらこの位なんでもおへん。おっちゃんとおばちゃんに兄貴の晴れ舞台を見せたかったなぁ」


『鬼』と言われている金一郎の目に光る物が見えた。


     ◆     ◆     ◆


「なあ、おっちゃん。お願いが在るんやけどなぁ……」


 いつもなら弾むような元気な声で相談してくる理恵なのに元気が無い。


「何や?元気が無いやんけ?1人で来て、速人はどうした」


 何か言いにくそうにしている。こいつがこんな様子の時は隠し事をしている時だ。さては誰かと競争をするんやな?事と次第によっては折檻だ。


「実はな、速人と喧嘩して競走する事になってん」

「とりあえず話してみい」


 理恵はいつもの様に速人と話していたら『どっちが速い』と口論になってしまったらしい。いつもなら速人が折れて終わりのはずが、妙に突っかかって来てお互い一歩も引かず競走する事になったらしい。それ以来、理恵は速人と別行動。勉強を教えてもらえないから小テストの点数が落ちたりして弱っているらしい。


「今までずっと一緒やったしな、1人でいると寂しいんや。負けても良いし……いや、良くないけど仲直りはしたいんや。おっちゃん、何か知恵無い?いっその事、速人に勝てる秘密兵器って持ってない?」


 舞台は湖周道路をスタートして、子供の国前の信号がチェックポイントで、ゴールは道の駅安曇河の駐車場になったと話してくれた。断れば良いと思うが、周りに知られて引っ込みがつかないらしい。


「ふ~ん」


 皆が居る前での対決宣言だったから断るとメンツが立たんってところか。


「秘密兵器なぁ、これ以上となるとエンジン積み替えか、クロスミッションに組み換えやなぁ。どっちにしてもしばらく無理や」

「何で?」


速人と約束した事は言わないが、今はエンジンの組み立てや込み入った仕事はしたくない。


「店は暇そうやん。124ccとか組んでぇな」

「おっちゃんな、結婚式があるんや。その次の日から10日間は新婚旅行に行くから暫くエンジンは触れんぞ。旅行の後やったらナンボでもやるけんどな」


 124ccは理恵の免許で運転できる最大排気量。クランクケースを開けずに組める88㏄ならまだしも、クランクまで交換しなければいけない124ccを欲しがるなんて形振り構わんといった感じだ。


「いつ競走するんや?早う断れ」

「3週間ちょっとあと。断れへん」


「その辺りは新婚旅行の真っ最中やな。オッサンは地球の裏に居る」

「え~大急ぎでチャチャッと何とかならへんの?」


 暇そうに見えるのは結婚に向けて大仕事をしていないからだ。工場は少しガランとしているし、整備中のバイクも無い。


「何べんも言うて悪いけんど、おっさんはもうすぐ結婚式やからセーブしてるんや。人生の一大事やぞ?頼むから堪忍してぇな」

「じゃあエンジンの積み替えで!90やったら在庫エンジンあるやん?」


 在庫エンジンは有るし、エンジン脱着はボルト2本だから出来ない事は無い。でも速人と約束したからエンジン積み替えは出来ん。そもそも理恵のゴリラを90にしたらスピードを出し過ぎて停められて泣く事になる。


「在庫エンジンはエンジン下取りで5万円。どうする?」

「そんなにお金が無い」


「じゃあ尚更124㏄なんか組めへんやんけ」


 シュンとして可哀想だからタペット調整はサービスした。なるほど、速人が来たのはこの為か。じゃあ、どうして綾ちゃんが2人を引き連れて来たのだろう?


(この件は奥が深そうや)


 ショボンとして帰る理恵を見送りながら思うのだった。

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