第262話 理恵・大人に相談する

 真旭町に入り、しばらく走ると右手に風車村跡に出来たキャンプの施設が見える。グランピングって言うらしい。白い三角のテントが並んでる。何であんなところに泊まりたいんやろう?


 ―――――三週間ちょっと前―――――


 速人とちょっとした喧嘩になった私はクラスメイトに相談した。結局何にも解決はせず、出て来たのはため息と焦りだけだった。


「うん、こういう場合は大人に相談やな」


 そう、我が校にはリツコ先生と言うお姉ちゃんみたいな頼りになる先生が居る。バイクにも詳しいからきっと何か良いアイデアが出るはずだ。私は期待を胸に……誰や?『平らな胸』なんて言う奴は。有るわ。微妙にやけど。竹原先生は顔が怖いから相談には行かない。


「あのねえ、私の立場じゃ『競走は止めなさい』としか言えないのよ?」


 私の希望は粉々に打ち砕かれた。


「いつ競走するつもり? 私、結婚式の準備や新婚旅行でしばらく休むんだけど」

「はぁ、おめでとうございます」


 くそ~! おっちゃんめ~! こんな時に結婚なんかせんでも良いのに!


「あんまり騒ぐと二人ともバイク通学許可を消しちゃうわよ?」

「それは困りますぅ……」


 バイク通学を禁止されたら電車で通わなきゃだ。駅から鞄を持って歩くのはしんどい。それだけは避けなければ!


「わかりました。じゃあ帰ります……」

「あ、白藤さん」


 保健室を後にしようとした私にリツコ先生が声をかけた。何か良いアイデアかな?


「はい?」

「白藤さん、あなたもいつか……幸せになりなさい」


 リツコ先生の左手薬指に指輪が光っていた。「幸せになりなさい」って何やねん。リア充爆発しろ。


「アカン、リツコ先生なんかあてにならへん。仕方ない、おっちゃんに相談や」


 ゴリラちゃんを走らせておっちゃんの店に行くと、おっちゃんはピカピカのエンジンを目の前にしてニヤニヤしていた。正直めっちゃ気持ち悪い。でもご機嫌みたいやから相談してみようっと。今やったらシバかれんと思うし、グリグリもせんやろう。大事な大事なアタック……チャ~ンスだ。


「なあ、おっちゃん。ちょっと相談があるんやけどなぁ……」

「何や?元気が無いやんけ?一人で来て、速人はどうした」


「それがな、速人と喧嘩してん」


 私はおっちゃんにグリグリされるのを覚悟して相談した。速人と口論になった事、あれ以来口もきいてくれない事、競走する羽目になった事。そして……。


「今までずっと一緒やったしな、一人でいると寂しいんや。負けても良いし……いや、良くないけど仲直りはしたいんや。おっちゃん、何か知恵無い?いっその事、速人に勝てる秘密兵器って持ってない?」


 おっちゃんは「ふ~ん」と言ってゴリラちゃんのエンジンを触り始めた。


「秘密兵器なぁ、これ以上となるとエンジン積み替えか、クロスミッションに組み換えやなぁ。どっちにしてもしばらく無理や」

「何で?」


 おっちゃんはエンジンの上にある蓋を閉めてこっちを向いた。


「店は暇そうやん。百二十四㏄とか組んでぇな」


「おっちゃんな、結婚式があるんや。その次の日から二週間は新婚旅行に行くから暫くエンジンは触れんぞ。旅行の後やったらナンボでもやるけんどな」


(ダメだこりゃ)


 おっちゃんの店で出たのはココアとクッキーだけ。速人に勝つ為のアイデアは出なかった。タピット?何か調整をしてくれて静かになった気はするけどパワーは出ない。おっちゃんの事だからエンジンを持ってるはずと積み換えをお願いしたんやけど……。


「在庫エンジンはエンジン下取りで五万円。どうする?」


 私のお財布にそんなお金は無かった。


 ―――――風車村跡通過―――――


 速人を追いかける私。近付きも離れもしないからスピードは同じだと思う。だけど加速が全然違った。一速で速人と同じタイミングまでスピードを出して二速に入れようと思ったら『ス~』って感じで離されてしまった。慌てて二速に入れようとしたらギヤが入らなかった。痛恨のシフトミス。焦れば焦るほど差が広がる。


(何でギヤが入らんかったんやろう? あっ!)


 おっちゃんが『エンジンを回し過ぎると遠心クラッチは切れん事がある』って言ってたのはこれかな? でも、速人の方が一速で伸びた。同じエンジンやのに何でやろう? 


(じゃあ何で速人は大丈夫なんやろう?)


 一速から二速だけじゃない。速人がポンポンとギヤを変えてスピードを出していくのにゴリラちゃんはギクシャクしている。


(一速で離されて、二速・三速のスピードのノリが違う。トップは同じくらいやろか?速人のエンジンは当たりやからやろか? 変やなぁ)


 逃げる速人に追いかける理恵、そんな二人を白バイが追尾し始めた。『高嶋署の白き鷹』こと葛城晶である。

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