第207話 兄は現役のライダー

 大島サイクルで買ったバイクで走り出した新一年生三人組。楽しい時間はあっという間に過ぎて解散となった。


「「「じゃあね~!」」」


 二人と別れて自宅へ帰ったうららは買ったバイクを兄に見せる事にした。


「ただいまぁ」

「おかえり。どうやった?」


 そっけない様だが克己かつみはにマグナ五〇の事は把握している。


「真っ直ぐ走るし足が着きやすいからこれが良い」

「そうか」


 原付にしては大柄だがシートが低くて足着き性は悪くない。真っ直ぐ走ると言うからには直進安定性も良いのだろう。湖岸道路を走るなら直進安定性が良いに越した事は無い。克己の目論見通りだ。


「晩御飯の準備をしようか」

「うん」


 大学時代は独り暮らしをしていた克己は料理は手慣れたもの。麗も家庭科は得意だったので料理は出来るが兄には敵わない。やはり三食自炊と言うのは料理の腕が上がる物だ。肉野菜炒めと焼き魚を兄が作り、麗は味噌汁を作った。


「あの後みんなで琵琶湖まで走ってな、真旭を周って帰って来た」

「そうか、皆と一緒に走れるか?遅かったら言いや」


 麗のマグナ五〇はシリンダーボーリングで五二㏄。ピストンとピストンリングがオーバーサイズになっているとは言え、約三㏄の差では殆どノーマルと変わらない。


「ん~とりあえず今のままで良いかな?」

「そうか、分かった」


 麗は賢い子だ。それが分かっている克己は妹が不満に思わないならそれで良いと、そっとしておく事にした。


「自分が気を付けてても周りから災難が飛んで来るから注意して乗りや」

「うん、気を付ける。でな、お兄ちゃん、私ドライブレコーダーが欲しいなぁ♡」


(今都は怖い街やからな……おねだりとしては悪くない)


 今都と言えば湖西方面で最も治安が悪い町。詐欺・ひったくり・放火・殺人の件数が湖西地方で最も多い欲望渦巻く暗黒街。そんな街に何故か高嶋高校が有る。妹は可愛らしいので誘拐される事も有り得る。地域メールナウ高嶋によると今都は変質者の出現が多い。ドライブレコーダーだけでなくGPSも付けた方が良いかもしれない。


(麗の身に何かが有ったら、俺は鬼になる)


 克己は得意先回りにスーパーカブを使っている。『ええか、高嶋市はバイクで走るのが気持ち良い街や。でもそれは今都を除く話や』社長に言われた通りだ。克己は仕事で使うカブに付いているドライブレコーダーに助けられた事が在る。今都町で信号待ちをしていたら突然カブの前に子供が寝転がり轢かれたと叫んだ。そこに親が出てきて示談を迫って来た。今都はそんな街だ。


「おう、それは必要な装備や。お兄ちゃんが付けたる」


 克己はエンジンまでは分解整備しないがオイル交換やアクセサリー位なら取り付けできる。


「お願いね、お兄ちゃん♡」


 麗は甘え上手。本来の素直な性格と軽い天然ボケの相乗効果で可愛らしさ満点だ。


「まとめて買うし、友達も誘い」

「うん」


 高嶋市は思ったよりも治安が良い。ただし、それは南部地方に限った事。今都・蒔野は極めて危険な街だ。捜査中の刑事が殺されて拳銃を奪われた事件も起こっている。一九五〇~一九七〇年代には警察署が破壊されるほどの暴動も起っている。そんな今都にある学校へ通う妹。守りたいが自分が付いて行動するわけにはいかない。


 妹のバイクライフは始まったばかり。只ひたすら心配をする兄であった。

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