第176話 異世界転生
異世界転生
現実世界に生きる人間がファンタジーの世界に生まれ変わる・送られる話。多くの場合は前世や転送前の記憶を持ち、その記憶や能力を生かして活躍する物語。生まれ変わる時に特別な能力を与えられることはチートと呼ばれる。
転生のきっかけは事故・自殺・その他、何らかの形で主人公が死亡すること。時空や空間のひずみで起こる場合もある。死なずにそのまま異世界へ行く事は異世界転移とされる。
「……なるほど」
大島は高校時代によく本を読んだ。その頃に流行っていたのは剣と魔法の世界。事故で入院していた時は現実から目を背けるようにファンタジーばかりを読んでいた。若い頃の記憶力は素晴らしい物で、今でもその小説で出てきた呪文を空で読めるくらいだ。
「黄昏より(中略)与えん事を!……とか、今はもう覚えられへんな」
今はファンタジーよりも現代ドラマや純文学を好んで読んでいる大島。バイクが出て来る小説が無いか調べていたのだが、検索してヒットするのは異世界転生物ばかり。
最近の若者にとってはバイクは乗る物ではなくて、轢かれて異世界へ行くための道具ではないかと思えてしまうような小説の数々。
「トネコーケン先生の『スーパーカブ』ほど良い作品は無いな……」
高嶋市に住んでいるとそれほど感じないが、世間一般では若者のバイク離れは著しい物らしい
バイクで事故にあって異世界へ行くのは小説でお約束。では異世界に行かない現実ではどうなるのか。それに直面しているのが理恵と速人だ。
「残念だけど、ドライブレコーダーに映ってるんだよね」
「でも轢かれたんだからお金を貰えるはずでしょ?」
「轢いて無いもん!止まったもん!止まった前に寝転んだだけやんかっ!」
「はぁ?!今都なんですけどぉ?今都の子供は『神の子』よっ!」
「あの……僕のドライブレコーダーでも映ってるんですけど……」
高島高校前の交差点で怒鳴り声が聞こえる。速人に手を掴まれている理恵と警官に喰ってかかる見知らぬ親子。高嶋高校前は大騒ぎとなった。
「あのねぇ、これって当たり屋って言うんですよ」
「何よ!私は今都に住んでいるのよ!今都なのよ!」
「詳しくお話を聞きますからパトカーへどうぞ」
「私は今都市民!今都に逆らう愚か者は地獄に墜ちろっ!」
理恵の前に飛び出してきた女の子とその母親はパトカーに乗せられて高嶋署へ向かって行った。
事の始まりは十数分前。
学校から帰ろうと速人と一緒に走り出した理恵の前に女の子が飛び出してきた。幸い一旦停止をしようと減速をしていたのでぶつからなかったのだが、尻もちを付いた女の子が『異世界転生できなかった』と喚きだした途端に母親が出てきて『轢かれた!慰謝料をよこせ!』と喚き出したのだ。
昨年、友人の絵里が市役所の無料観光バス(今都公民館が規約違反で観光バスとして運行)から投げられた酒瓶でヘッドライトを壊した。それを見た理恵達は用心にドライブレコーダーを付けていた。すぐさま警察へ連絡して、画像を見せたのが現在の状況である。
「一応、免許は確認させてな。お嬢ちゃん、レコーダー付けてて良かったなぁ」
免許を見た警官に言われて改めて二人はそう思った。
「バイク屋さんにお願いして付けてもろたんです」
「最近多いんや。異世界?転生とか生まれ変わりとかって知ってる?」
速人と一緒に居たからスムーズに警察を呼ぶことが出来て、ドライブレコーダーの映像も見せる事が出来た。正直ほっとした。でも、理恵の手は震えていた。
(やっぱり今都は怖い。誰かと一緒に行動せんと危ない)
「はい、免許お返ししますね。一応署に寄ってくれるかな?」
「はい。あの……一緒にで良いですか」
「お友達も目撃者やから、一緒にお願いできるかな?」
理恵の緊張を察したのか、警官は速人にも所へ来るように伝えた。
◆ ◆ ◆
(飛び出し事故が多いなぁ~)
葛城は読書をしないのでよく解らなかったが、事故に合った側が『異世界転生が出来なかった』と言う事例が多い。異世界を目指すのは勝手だが、轢いた方はたまらない。免許は汚れる・罰金は納めなければならない。結局、法は歩行者最優先。被害にあったライダーを守ってくれないのだ。
市内のパトロールから戻ってくると、署の玄関脇に可愛らしい二台のバイクが停めてあるのが見えた。白バイを停めた葛城は台帳に走行記録を書き込み、いそいそとバイクを見に行った。
「や~ん、可愛い~♡」
萌えていると婦警や鑑識さんが集まって来た。晶目当ての女性ばかりだ。
(あれ?この二台って理恵ちゃんと本田君?)
「可愛いバイクでしょう♡、当たり屋に狙われたのよ」
「異世界転生ですって。こんな小さなバイクじゃね~」
「転生できなかったから賠償金をよこせなんて詐欺よね」
どうやら事故や違反ではなくて事情を聞いているだけの様だ。
「私の知り合いなんです」
ホッとして笑みがこぼれる晶。少し開いた唇から白い歯が覗いた。その瞬間に特殊スキル『笑顔』『魅了』『天然ジゴロ』が発動した。
「ああっ晶さまっ!」
『キラ~ン☆』と聞こえるはずがない音が聞こえ、頬を赤らめる者、感動に涙を流す者、性的興奮を覚える者…とにかく晶の周辺にいた女性は膝から崩れ落ちた。
※晶は女性です
さて、理恵はと言えばお茶を出してもらって速人と映像を見ながら事情聴取。
「うん、ここで一旦停止の減速やな。で停止した所にゴロンと転がってるなぁ」
「車体に衝撃も無いから当たっていませんね。この子の言う通りですね」
「……嘘なんか言って無いもん」
「ゴリラに乗ったお猿さんだねぇ」
「安浦っ!お前は一言多い。謝りなさい」
「すいませんでした」
刑事の話によるとこの手の詐欺まがいの飛び出し事故が多いらしい。資料にするのに映像をコピーさせてほしいと言う申し出を理恵は了承した。色々と聞かれて時間が経ち、解放される頃には日が暮れていた。
「遅くなったね。事情の説明も兼ねて送って行かせます」
「友達と帰るからいいです……」
「遠慮せんでええよ。そいつも安曇河に帰るついでやから」
「速人と帰るから良いです……」
理恵は断ったが刑事は譲らない。そこへ理恵の聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「そんなに私と帰るのが嫌かな?」
「あっ♡」
「あ、葛城さん」
理恵と速人は葛城と一緒に帰ることになった。
「ピッ(またね~)」
「ペフッ(じゃあね~)」
(何でゴリちゃんのラッパはペフぺフ鳴るんやろう?)
理恵は愛車のホーンの音が不思議だった。『ピッ』と鳴らず『ペフ』と鳴る。まるで演芸番組のオープニングの締めのような音だ。
真旭ランプで速人と別れて家に着いた理恵だったが……。
「ただ~いまっと」
「こんばんは。高嶋警察署の葛城と申します。今日は理恵さんが当たり屋に会われまして、事情を聞かせていただきました。遅くなりまして申し訳ありません」
「まぁっ……♡」
(フッ……お母さんも葛城さんに心を奪われたか)
※葛城は女性です
「という事で遅くなりまして、申し訳ございません」
「いえいえ……わざわざありがとうございます……♡」
(あなたはとんでもない物を盗んでいきました……お母さんの心です! なんてね)
すっかり落ち着いた理恵はご飯を食べて風呂に入り、課題を済ませてベッドに寝転んだ。明日からはもっと安全に気を付けよう。今後もドライブレコーダーを必ず点検してからゴリラに乗ろうと思う理恵だったのだが……。
(速人に掴まれた感覚が残ってる。何やろう?モヤモヤする)
その夜、寝つけずに何度も寝返りをうつ理恵だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます