第156話 割と暇な大島の一日

 朝からのんびりと中古車の商品化していると声を掛けられた。


「こんにちは~御精が出ますね。ちょっとお話よろしいですか~?」


 この手の手段で話しかけてくるのは大概宗教か何かの勧誘だ。殆どがババァのコンビかトリオ。子供を連れたご婦人の時もある。


 客商売だから無下に断って妙な評判を流されるのも怖い。何と言っても今日来たこいつらの眼は怖い。妙に黒目が目立っている人たちで思い出すと言えば、昔あったテロの事だ。


 全部が全部とは言わないけれど、新興宗教の信者や福祉関係……ごく一部の知的障害者の親の中に居る『自分たちは正しい事をやっている』『自分たちは弱者だから何をしても許される』といった感じの、何か間違った信念を持った人たちにそんな目をした人が多い様に思う。


 俺は眼を見て人を判断する。恰好よりも眼だ。一番たちが悪いのは眼がキラキラした奴。何と表現すれば良いか分からないが信用できない。


「私たちは(ご想像にお任せします)から来ました。御主人は……」


 やはり新興宗教の勧誘だ。俺は神を信じない事にしている。そもそも神様って奴が居るならば何故俺から両親・婚約者を奪ったのだ。


『ウチは仏教徒ですから』なんて言うのは逆効果。下手に他の宗教を出すと『それと比べるとうちは』みたいな話になりかねない。


「ウチに宗教を勧誘しても無駄ですよ。もう信じている神様がいますから」

「どちらの神様ですか?キリスト様?お釈迦様ですか」


 ほら来た。どんな宗教ですかとは片腹痛い、片腹痛いの意味は知らんけど。

 ※身の程を知らない相手を笑い飛ばすの意味だそうです


「はい、こちらのお写真が私どもの教祖様ですっ♡」


 この為に印刷して写真立てに入れてあるのはホンダの創始者の画像だ。


「そしてこちらがご本尊です」


 整備中のスーパーカブを見せるとババァの顔が引きつるのが見えた。


「こちらが聖書です。我々ホンダ教カブ派の信者は常に油にまみれて日々修行に勤しんでおります。そもそもカブ教とは一九六八年に……(以下、スーパーカブ60年の歴史が続く)」


 サービスマニュアルを見せながら精いっぱいの笑顔で説明を続ける。ババァの顔は完全にひきつっている(笑)


「ホンダ教カブ派にはさらに細かな宗派が在りまして、OHV派やカスタム派オリジナル以外は認めないスーパーカブ原理主義者や使って何ぼの穏健派。他には純情派や情熱系、家系や生麺風もございます」


 OHV派はともかく純情派なんて無い。家系や生麺風はラーメンだ。


 ババアは帰りたそうにしているがとことん続けてやる。今まで幾多の人間の貴重な時間を浪費させたことを悔いるが良い。今度は貴様らが貴重な時間を消費する番だ。偽善者め、己のやったことを後悔しやがれ。


「さらにカブ派から派生したホンダ横型エンジン教もありまして、モンキー派やモンキーから派生したゴリラ派。Dax派、シャリイ派に……」


 この店に来て神について話そうとしたことを悔いるが良い。


「さらにホンダ横型エンジン教にもマニュアルミッション派と遠心クラッチ派が在りまして、そこへボアアップの過激主義や亜流の海外製の……」


 寒い中、立ったままで説明しているのでこちらも疲れて来た。俺は後ろからヒーターが温めてくれているから寒さはそれほどでも無いがババァは店先の風に当たる場所だから寒いに違いない。


「で、ご本尊となるホンダスーパーカブが新型になったのですが、一台いかがですか?五〇㏄なら普通自動車免許で乗る事が出来ますよ」


「結構です……」


 小便でもしたくなったのだろう。ババァは某社のハイブリッド車に乗って去って行った。どうしてあの手のババァはハイブリッド車に乗るのだろう?燃費を気にするならエンジンは止めておくかカブに乗れば良いのに。


(偽善者め…)


 午前中はそんな感じで終わり、昼飯を食べる。昼は余り物を適当に食べて終了。夕食をどうするか考える。


 数か月前から一緒に食事をする女性がいる。磯部さんだ。料理を作れず頼って来るのだから何かまともな食事にしなければ申し訳ない。


 ……思いつかない。よし、困った時は安曇河名物の鶏肉の味付けやな。うん、そうしよう。一時までは昼休憩としてその間に買い物を済ませる。


 スーパーカブの修理はどんどん進む。そこそこ形になってきた。あとはレッグシールド待ち。無くても走れるから店先で試運転。


 調子は良いけどパワフルでは無い。社外オーバーサイズピストンで少しだけボアアップした五一ccでは違いは分からない。今回は〇.七五㎜のオーバーサイズピストンだけど、一.〇㎜もある。たった二~三㏄のことで二段階右折や時速三〇㎞縛りから解放されるのだ。昔、法規が改正されて五〇㏄未満が二人乗り禁止になった時にホンダは五五ccのスーパーカブを出して『これなら二人乗りでもいいんでしょ?』みたいな事をやったらしい。それと一緒だ。


 日が落ちて客足が途絶えたので店を閉めた。


 ボイラーに火を入れて風呂の支度をしながら夕食の準備をする。最近の磯部さんは何かと理由をつけて泊まって行く。恐らく今日も『や~ん♡これで呑めないなんて拷問~!』とか言いながらビールを冷蔵庫から出して呑んでしまうに違いない。


 今日も寒いから『冷えちゃった。お風呂♡』とか言って結局泊まるだろう。


 ヴロロ…プスン カラカラカラ…「ただいま~冷えちゃった~お風呂~!」


 すっかり自宅気分で磯部さんがやって来た。仕方が無い。今日も泊めるか……。一番風呂に入って暖まった磯部さんは冷蔵庫からビールを出した。何故冷えた体を温めておいて冷たいビールを呑むのか解らない。


「く~美味いんだな、これが」


 磯部さんは焼いた鶏の味付けを当てによく呑みよく食べる。


「今日は宗教の勧誘が来て、スーパーカブ六〇年の歴史を語った」

「わ~中さん、ひっど~いw」


 今日あった出来事や悩み事を話しながらの食事は楽しい。片付けを手伝ってくれるのも助かる。一人だとホットプレートを出すのが億劫で、焼きたてを食べながらなんてしない。フライパンで焼いて終わりだからある意味、俺も助かっているのかもしれない。


 俺が風呂に入っている間に磯部さんは寝室に行ったみたいだ。戸締りと火の用心をして俺も寝る。こうして割と暇な一日が終わった。

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