第92話 絵里のリトルカブ・旧友との再会

ズドンッ!ドンドンド・ンドン・ドンドン……


高嶋高校の校門で腹に響く排気音が轟いた。


「変わらへんな……」


 男は呟きながらハーレーを停める。そろそろ娘が出てくるころだ。男は周りを見回した。


「あ、絵里のおっちゃんや」

「うわっ厳ついバイクやな」

「大きいね~。ハーレーってやつ?」

「良い音やね。やっぱりエエな」


 この男の名は西川宏和。西川絵里の父親だ。娘の友人の理恵を見つけると声をかけた。


「お?白藤さんのお嬢ちゃん。うちの娘は見んかったか?」

「絵里はもうすぐ来るで。御迎え?どうしたん?」


「おう、バイクを取りに大島の所へ行くんや」


 そんな会話をしていると絵里が駆けてきた。


「お父さ~ん」

「ほい、ヘルメット」


走って来た絵里は父からヘルメットを受け取ってシートに座った。


「ほな、行こか?みんな昼飯は?何か食うか?」


「「「「は~い!」」」」


 絵里パパのハーレーを先頭に5台のバイクは走り出した。


 絵里パパの奢りで遠慮しているか、今日の理恵は少食だ。ラーメンも炒飯も特盛なだけで2杯目までは行かない。もっとも、絵里パパに連れられて来た『桃龍閣とうりゅうかく』の特盛は『地獄盛り』とも呼ばれ、フードファイターでも完食は厳しいのだが。


「え?大島のおじさんと同級生なんですか?」

「そうや。でも、長い間会ってないで。あいつの両親の葬式以来やな」


  葬儀の時、感情を失った友人の顔を思い出し、絵里パパは表情を曇らせた。


「その後、仕事は無くすわ、彼女も亡くすわで大変やったらしいな」

「あのおっちゃんがね~」


「子供が出来て、結婚するってところやったからな。まぁ、あいつが何も言わんなら、聞かんで良い事や」


「もう入らん~」と椅子に反り繰り返る理恵の前には空の器。フードファイターでも苦戦するはずのラーメンと炒飯が完食されていた。


「ほな、腹も膨れたし、バイク取りに行こうか。」

 

 支払いを終え、5台のバイクは大島サイクルへ走り始めた。


◆     ◆     ◆


「納車準備完了。あとは引き渡しだけやな」


 今回の予算は厳しかったが何とか形になった。出来上がったリトルカブを見ていると楽しい気分になる。


「それにしてもハーレーか? 腹に響くいい音やな」


 今日もドコドコドンドンとアメリカンバイクのエンジン音が聞こえる。 国道161号線からだ。道の駅安曇河に寄っているのだろう。


不整脈の様な不規則で止まりそうで止まらないハーレーの鼓動。嫌いではないが、ご近所がビックリするからあまり大人数では来てほしくない。そんな事を思っているのにドコドコした音が近付いてくる。


 ハーレーを先頭に5台のバイクが大島サイクル前に停まった。


「おっちゃん、こんにちは~」


 ハーレーのタンデムシートから挨拶してくるのは絵里ちゃんだ。となると、ハーレーに乗ってるのは親父さんかな?


「よう、久しぶり」


 ヘルメットを脱ぐと懐かしい顔が出て来た。


「これ、私のお父さんです」


平成初期。高嶋高校生徒の間で国道161と県道24号線を使った自転車レースが行われていた。その中の『大中小トリオ』と呼ばれた3人組の1人、中島 宏和なかじまひろかずが目の前にいる。


「宏和、久しぶり。あの時以来やな」


友人との再会を喜ぶ大島。だが、『あの時』といった瞬間に少しだけ表情が曇ったのを速人は見逃さなかった。


「そうやな。まぁ昔話は置いといてっと、先に娘の方を頼む」

「OK。まぁ見てくれ。可愛いぞ」


皆をリトルカブの前に案内する。


「エンジンと駆動系は丸ごとカブ70に載せ替え。ギヤは少しいじってある。14インチのカブ70と思ってくれたら良い。ミッションは3速。消耗品は全交換。絵里ちゃんの希望通り、荷台にはボックスを付けた」


「うん、悪くない。70ってところが良いな」

「やろ?振動が少なく、パワーが有り過ぎない。初心者の通学用や」


「やれやれ。『湖岸のツインターボ』らしくない優しいバイクやな」

「やかましい。『161のブラックバード』って呼ぶぞ」


「おっちゃん。お父さん。みんなと出掛けていい?」

「おう。行って来い」


「気を付けて。1週間したらにオイル交換に来てな。」


「うん!」絵里たちの乗る5台のミニバイクは元気良く走って行った。


「さてと、久しぶりに話でもするか。あたるちゃん。コーヒーな」

「相変わらずミルクと砂糖タップリか?」


「いやブラックで頼む」


 コーヒーを飲みながら近況を報告し合う。


「俺な、婿養子に行って名字が変わってん。今は西川や」


 結婚してたんか。それは知らなかった。


「絵里ちゃんな、どこかで会った気がしてたんや。似てるわ」


「中。お前、今も独身か? もう振り切っても良いと思うけどな」


 宏和の奴、痛いところを突いてきやがる。


「……仕事が女房! 寂しくなんか無ぇよ……なんてな」


「そうか。じゃあ、商売の話や。バイク代の6万。確認してくれ」

「まいどあり」


封筒には6万円。何故だろう。泥が付いている。


「泥が付いてる。泥のついた6万円……」


宏和はニヤリとして「この方が盛り上がるやろ?」と答えた。


「俺は受け取るぞ。トラックの運転手じゃないからな」

「金を突き返して感動するくだりやのに」


 領主書を渡し、しばらくどうでも良い話をしてから「今度、飯でも食いに行こう」と約束して宏和は帰っていった。


「同級生の子供がバイクに乗る歳とはな、やれやれ、俺も歳を取る訳や」


 少し老け込んだ気分で店を閉めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る