第80話 西風に吹かれて
この時期は最もバイクを乗るのによい季節だと思う。
ライダーは熱中症になることが無く、バイクもオーバーヒートすることが無い。
整備をするにも最高な季節。暑いとそれだけで辛いし
寒いと手がかじかんで仕事が進まない。
朝からタイヤ交換・パンク修理・中古バイクの商品化。合間に洗濯・料理・掃除と暇そうに見えて忙しい。独り身は気楽だが忙しい。
「衣替えもせんとアカンし、一人もんは辛いわ~」
そんな大島を近所の奥様方は
「お嫁さんやったらナンボでも紹介するで?」
とからかってくる。
女性に興味が無い訳ではない。縁が有るならお付き合いはしてみたい。
でも、いろいろ背負って生きていくのは面倒だ。
「バイクの事で精一杯。女の子の扱いまで良うやらん」
適当な事を言ってお茶を濁しておく。
40歳を過ぎた今、もしもご縁があるなら気楽に付き合える女性と付き合いたい。
出来れば、今乗ってるゴリラの様な気楽さが欲しい。
普段乗りバイクの様な気楽に付き合える女性が良い…そんな事を思うのだった。
◆ ◆ ◆
「普段乗りのバイクが欲しい」
高嶋高校の養護教諭・
保健室の窓から駐輪場を眺めていると生徒が可愛らしいバイクで
通学しているのが見える。
リツコは高嶋高校OG。小型自動二輪免許を取得して通学していた。
大学時代に大型二輪免許を取得。今も通勤でバイクに乗っている。
愛車は高嶋市では珍しくカワサキ。ゼファー1100だ。
中古の2年落ちを買ってずっと乗っているが、普段使いには大きすぎる。
高嶋市内ではカワサキの店が無いから整備に大津まで行かなければならない。
非常に手間が掛かって使い辛いのだ。
ツーリングや高速道路を走ることを考えると手放す事はありえないが、
生産終了しているモデルだ。労ってやりたい。
一応、軽自動車は持っている。でもリツコは風を感じて走りたかった。
「私を閉じ込めないで。私は風。風のゼファー」
そんな事を言って周囲をドン引きさせているが、本当は違う。
4輪の運転がダメなのだ。車両感覚がつかめずにそこら中を擦ってしまう。
バイクの感覚で加減速する為だろうか、隣に乗せた者は皆車酔いする。
(気楽に乗れる小さなバイクが欲しい…彼氏も欲しいけど)
そんな事を思いながら外の景色を見ていると、
ポポッ ポポポポポ・トトトトトト卜・・・・・
シルバーのモンキーが走って行く。
ホンダモンキーは知っている。リツコが高校生の時も造られていたし、
通学に使っている生徒も何人か居た。
高嶋町から通勤に使うには厳しいものが在るかもしれないが
普段使いでコンビニやスーパーに行く位なら良さそうだ。
幸い、ボアアップや2種登録も容易だ。
「調べてみようかなっと…どれどれ…」
うちの生徒が乗れるくらいだから安くで買えるはず。
そんな甘い考えでリツコはスマホを操作し始めた。
スマホで調べると出てくる出てくる…程度の良い物からゴミにしか見えないレストアベースまで選り取り見取りだ。だが、問題はその値段。
「げ!何でモンキーがこんな値段するのよっ!」
一時期ほどではないが生産終了後のホンダモンキーは高値安定。
最終型500台に45000件以上の応募があった事をリツコは知らなかった。
「未登録新車が70万円?原付の値段じゃないよ…」
中古でも程度が良ければ20万円近い。どうなっているんだ?
転売屋が値段を釣りあげているのだろうか?
試しに高校の近所にある店でも覗いてみるか。
……で、覗こうとしたのだが…。
「こんな国産のポンコツは停めないでくれ!貧乏人はお断り!帰れ!」
店主らしきオッサンに追い返されてしまった。
「ポンコツかぁ…」
湖岸にゼファーを停めて琵琶湖を見ていたら景色が滲んできた。
「ポンコツじゃないもん。私の相棒だもん。ずっと一緒だもん」
涙が止まらない。堪えても流れ出す。
フュルルルルゥ…
そんなリツコに近付くバイクがいる。音からすると4気筒。
それもかなり大きなバイクだ。
「どうかしましたか?故障ですか? ゼファー1100?厳ついのに乗っていますね。」
白バイ隊員が声をかけてきた
「もうライダーもバイクも歳を食ったポンコツなんですけどね」
八つ当たり半分できつい言葉を返してしまう。
「何かあったんですか?良ければ話を聞きますよ」
あんたに話す事なんかない。そう言って追い返そうとした目線の先に
少女漫画から出て来たような美しい青年が居た。
ゼファーに乗り始めて約10年経ったこと。大きくて扱い辛い事。
普段乗りに小さなバイクを買おうとしている事。
そして、今都のバイク店でポンコツ呼ばわりされた事。
どうして初対面の(多分)年下相手に何をペラペラ喋っているのだろう。
自分でも不思議に思っているが止まらない。
リツコは気付いていない…目の前の青年に恋をしている事を…。
「小さなバイクだったら安曇河町のね…」
親切な白バイ隊員はリツコが求めているバイクを売る店を紹介してくれた。
白バイ隊員の名前を聞こうとしたが言葉が出ない。
「ありがとう」
この一言で精一杯だった。
◆ ◆ ◆
「ゼファー1100?女の子で乗ってるんですか?凄いねぇ。」
「キレイなお姉さんでしたよ。アニメの何だったかに出てくる女博士みたいなキリっとした感じのお姉さん」
今日は葛城さんがご来店。カブのオイル交換をしながら話す。
「ゼファー?でっかいバイク?」
「アニメに出てくる女博士?」
理恵と速人が顔を見合わせている。
そんな事より俺は理恵の腹の中が気になる。
特大どら焼きを8個食べて大判焼きまで食べようとしている。
何処に入るのか不思議だ。
どら焼きが異世界に転移しているのではないかと思えて仕方が無い。
「あれだけ艶っぽい女性になるにはどうすれば良いのかなぁ」
葛城さんが腕を組んで考え出す。残念。その姿がイケメンだ。
「スカートでも履いてみるとか?」
スカートを履いても『湖岸のお猿』って呼ばれてる理恵が言ってもな。
「保健室の先生に似てますね。泣き
速人、お前はこの中で一番普通だ。このまま素直に育てよ。
「ん~在った様な無かった様な…どうだったかな?」
ともかく、葛城さんの紹介で新しいお客さんが来るみたいだ。
小さなバイクと言えばモンキー・ゴリラ・Daxそしてカブか。
カワサキだったらKSR110とかかな?そうなると別の店を紹介しないと。
そういえばリトルカブを仕入れたんだった。試しに見てもらおうかな
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