第73話 バラバラのDax
分解したDaxの部品をインターネットオークションに出品した。
さて、いくらになるのやら。「バラバラにされて売られるなんて寂しいね」とか「いくらになるんだろう?」と言いながら速人と理恵は画面を見ている。
まぁ慌てるな。オークションは水物だ。その時次第で相場は変わる。
次々と入札件数が増える。三万円でスタートしたエンジンは入札が入り続けて五万円を超えた。一万円で出品したフレームも五千円ほど値段が上がった。悪くないと思う。 今日来たのは速人と理恵の二人だけ、佐藤君と綾ちゃんはデートで来ないそうだ。綾ちゃんがDioをボアアップしたがった理由が解った気がする。
二人に「おっさんは工場に居るからな」と声をかけて趣味のバイクを弄る。今度修理するのはモトコンポ。トランクバイクと呼ばれた小さなバイクだ。
「さて、こいつを何とかするか」
漫画で有名になったバイクだが、残念ながら作品中にある様な走りは出来ない。ある者は遅さに愕然とし、ある者は作品内と同様の走りを求め改造する。修理部品が出ない事から電動へコンバートした強者も居る。
『※この作品はフィクションです』ってやつだ。
調子の良い個体でも時速四〇キロ出れば上等。走行性能よりも運ぶ事を重視していたモトコンポはとにかく遅くて不安定極まりない。八十年代ならまだ許されたであろう性能だが、二十一世紀の道路では厳しい。
同じデザインで電動バイクにすれば売れそうな気はする。電動にしてホイールインモーターやリチウムイオンバッテリーを組み合わせればノーマルより速くなるくらいだろう。オイル漏れやガソリン臭からも解放されるに違いない。
車載する為にキャブレターのガソリンを抜けるようになっている。幸いこの個体もキャブレターのガソリンを抜いて保管してあったのでキャブレターはワニスやくさったガソリンも無く綺麗。ガソリンタンクを外して洗浄剤を満たしておく。
ここで作業は中断。とりあえずはモトコンポは置いておく。
さて、今日はオークションに協力してくれている2人に昼飯を準備するか。鍋に火をかける。昼飯はカレーライスだ。
野菜と肉を炒め、水を入れたらアクを丁寧に取り炊き続ける。隠し味はヒガシマルのうどんスープ。一袋入れておくと鰹出汁が効いて美味くなるのだ。これは俺の母ちゃんから習った。
父ちゃんと母ちゃんが事故で亡くなって、勤めていた工場が倒産して……いろいろな出来事をカレーを作るたび走馬灯のように思い出す。
結婚なんか考える時間が無かったな。もしも結婚していたら、速人や理恵と同じくらいの子供がいたのかなと思う。
「ここでルーを投入」
ルーを入れた後はゆっくりかき回しながら煮込む。肉は形を保っているが、野菜は溶けてしまっている。これは大島家のカレー。
「こんなもんかな?」
俺が唯一再現できる母ちゃんの料理だ。一旦火を停めて買い物かごを下げて肉屋へ向かう。今日は豪華にカツカレーにしよう。食べ盛りが二人いるからと、特大カツを四枚、さらにチキンカツを三枚買って家に戻った。「戦況はどないや?」と声をかけると「最前線異常なし。極めて順調」「順調に入札が入っています。良い部品ですからけっこう注目されてますよ」と返事が来た。
昼ご飯までオークションの監視以外に動画でも見て時間を潰すように伝えた。
「さて、昼飯の支度をするか」
カレーを煮込んでいる間に米が炊けた。炊いた米はほぐしておかないとベシャッとなる。切る様にしてばらけさせると正午を知らせるサイレンが鳴った。
「へ~おっちゃん、料理も作れるんや。意外やな」
カレーくらい誰でも作れる。独身の四十男を舐めるな。
「順調に入札が入ってますよ」
良い部品だと入札があって張り合いがあるな。それはさておき、飯だ。
二人とも食べ盛りだから良く食べる。十五皿分は作ったはずなのに無くなりそうな勢いだ。速人が三杯食べるのは分かるけど、理恵は十杯は喰ってるよな? カツも豚・鶏を二枚ずつ食ってるし。
「なぁ理恵、お前の体のどこへ飯が入るんや?」
「普通に入るで?」
この小さな体の何処にカレーが収まっているのだろう。女性の体はこの世の神秘だと思う。
「おっちゃん、デザートは無いん?」
「まだ食うんか? 爆発せんやろな?」
結局理恵はカレー山盛り一〇杯・豚カツ二枚・チキンカツ二枚を食べて、さらにアイスクリーム一リットルと缶詰めのみつまめを食べた。あまりの食いっぷりに速人は驚いたらしく「何処に(食べたものが)入っているんでしょうね?」と聞いてきた。「異世界にでも召喚されてるんじゃないか?」と答えておいた。
食事を終えて再びパソコンの画面を見ていると連絡が入っている。即決で出した物が次々と落札され始めた。連絡を取り発送先を確認する。
暫くすると二ストロークエンジンの音が近付いてきた。綾ちゃんと佐藤君か。
「こんにちは、順調ですか?」
「こんにちは、おじゃまします」
理恵と綾ちゃんが送り状を記入する。速人と佐藤君は梱包して箱詰め。入金され次第出荷できるように整頓していると夕方になった。
「じゃあ、入金されたら宅急便の営業所に持って行くから」
「良いお小遣いになりそうだね」
「御馳走様でした」
「よろしくお願いします」
「じゃ、また」
一通り発送準備を終えて、四人は家へと帰っていった。
翌日も仕事の合間にパソコンを覗き、落札者と連絡。入金済みの連絡があった物から宅急便の営業所へ持ち込んで発送。発送済みの連絡を入れる。結構忙しい。
「金になるもんやな、分解して売る方が儲かるかもしれん」
車体はアレだったけれど、部品単体で見ると良い物が付いていた。トータルすると落札金額は合計で二十万円を超えた。中古で流してこの値段。新品で買ったのならいくらになるのだろう。高校生がバイトをして使える様な金額だったとは思えない。
「これに比べたら、ウチのお客は清貧やな」
夕方になって仲良し四人組がやって来た。大物は昼間に運んでおいたので小物部品を宅急便の営業所へ運んでもらう事にした。
速人・理恵・佐藤君のキャリアへコンテナケースを結わえて、綾ちゃんのDioはメットインスペースと前カゴに入れて出発。荷物が積めるスクーターは便利だと思う。
スクーターは売れるから格安の中古車を作っておくことにしよう。
スクーターと言えば、整備中のモトコンポが有る。このスクーターは全く実用性が無い。トランクに積める以外は遅くて真っ直ぐ走れない駄目バイクだ。
そんな欠点を吹き飛ばすユニークな折り畳み機構と外観は好きなのだが、登場したころの道路事情ならまだしも今の世で乗るバイクじゃない。かと言って売ってしまうと二度とお目にかかれない気がする。
さて、どうしたものか。床の間にでも飾ろうか?
そんな事を考えていると四人が戻って来た。何か飲むかと聞くと三人はアイスコーヒーで理恵だけサイダー。
「で、私たちはいくら貰えるん?」
理恵は何やら欲しいものが在るらしい。他の三人は特に使う予定が無いので貯金するとの事。
「そうやな。思ったより良い値段で売れたしな、一人当たり三万五千円ってところか」
四人とも「おお~っ!」と大喜びしている。
今度の日曜に金を渡す事を伝えて今日は解散となった。四人が帰った後、モトコンポを少しだけ触る。バッテリーはネットを参考にRCカー用バッテリーを装着した。試しにエンジンをかけるとポロポロと可愛らしいエンジン音がする。エンジン音は可愛らしいが、問題は排気ガスだ。
「う~ん、やっぱり二ストは煙い」
オイル混じりな排気ガスのせいで工場は煙まみれになってしまった。煙いから今日はここまで。コンプレッサーの電源を落とし、ドレンコックを開けるとエアーと共に水が出た。
「これをやっとかんとタンクが痛むからな」
再度戸締りを確認して、工場の電源を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます