魔女が悪魔と晩餐を

ウエつかさ(鋭画計画)

第1話「パンプキンスープと低級悪魔」

「いいかい、マホ。現代社会で魔女だとバレてはいけない。もちろん魔法が使えることもバレてはいけない。だから、普段から目立たないようにして、気をつけるんだよ。どこで誰がお前のことを見ているかわからないからね。これは魔女の掟。掟を破るととんでもない恐ろしいことが起きるからね」


———ゴリゴリゴリ。


 部屋中に“何か”を削る音が響き渡る。ワンルームの狭い部屋の床に新聞紙を敷き、その上にあぐらをかきながら大きな塊———カボチャを女性が抱えている。音の正体はこれである。大きな金属製のスプーンでカボチャの中身をかき出している。

 

「このカボチャほんと固いわね。むかつく」


 彼女の名前は坂井真帆。一般企業に勤めるOLである。彼女には人には言えない副業があった。仕事から帰宅して、ひとりカボチャを削っているのも、それもこれもすべて彼女の家が“魔女の家系”であることに関係しているのである。


「行っときゃよかったなぁ。でもなぁこういうのサボると一気に魔力下がるから疎かにできないし。あーあー、世の中はハロウィンってだけで、ばか騒ぎしてるんだろうなぁ…いいなぁ。私も普通の家に生まれたかったわ」


———ゴリゴリゴリゴリ。



 マホは副業で魔女をやっている。具体的にどういうことをしているか一例を挙げると、ネットで会員制の占いサイトを運営している。そこそこ評判であるが魔女であることが、バレてはいけないので露出を控え、知る人ぞ知るサイトとなっている。もちろんこれは一例に過ぎず、この他にもそのサイトを通じて魔法で解決できそうなことをさもアドバイスと称して解決している。もちろん報酬有りで。

 彼女の家は代々、魔法使いの家系で生まれてくる女性には魔力が備わっており、魔力を使いこなすべく魔女としての教育を受けて育っている。彼女の育ての親は祖母であり、母親ではない。母親は厳格な魔女の教えが気にくわなくて、しょっちゅう家出をしていたのだが、ある日突然生まれて間もないマホと一緒に帰ってくる。その後、祖母に預けたまま姿をくらますが、お金がなくなると実家に戻ってくるという生活が何年も続いていた。しかし、マホが中学に上がる頃には家に帰ってくることはなくなった。そのため、マホの育ての親は祖母であり、魔女としての師匠でもある。

 一方で家出した母親は、今どこで何をしているかというと、むやみやたらに魔法を使ってはいけないという言いつけを無視して占い師として大成功を納めている。最近では連日コメンテーターとして昼のワイドショーなどに出ているので、娘としては母親が元気だということは嫌でも知ることができる。ただまぁ、世間一般には魔法を使っていること自体はきちんと隠しているようなので最近は祖母もマホの母親に関しては何も言わなくなった。


「マホはあんな大人になるんじゃないよ」


 ごめんよ、おばあちゃん。そう思いつつも、安月給で生活が苦しいのでマホも母親と同じように、魔法を使って副業をしている。今のところバレてないので怒られてはいないが、バレたときのことを考えると肝が冷える。

 それよりも何よりも、最近のマホの悩みは祖母の言いつけを守って、"魔女の掟”を実践すべく、地味にして目立たなく生きてきたら、あっという間に27歳を迎え、年齢=彼氏いない歴という、立派な魔女ならぬ喪女に自分がなってしまったことである。魔女で喪女。まじょもじょまじょもじょ…。そもそも、魔女であることを彼氏や旦那にすら知られてはいけないっていう掟のハードルが現代社会においては高い。SNSとかで拡散されたらあっという間に終わりである。

 それに部屋に招こうにも魔術関係の書籍やら道具やらが無造作に陳列されている部屋の有り様を考えると普通に引かれる。どん引きされる。仮に受け入れてくれる、信じてくれる人で口が堅くても、そもそも「いい歳して魔法とか信じてちゃ駄目でしょ…まぁ魔女がいうなって話だけど」というのはマホ談。

 とにもかくにも、いろいろ面倒くさいことになるので掟とか関係なく魔女は存在を知られてはいけないのである。

「よし、こんなところかな」

 立派なジャックオーランタンが完成し、ご満悦なマホ。

 幼少期から作らされてきたので売り物として店頭に並べても問題ない出来である。

「お腹も空いたし何か作ろう」

 削りかすとかが床に散らばらないように、新聞紙の端を持ちゆっくりと片付け始める。


 エプロンをして台所に立つマホ。目の前にはカボチャがごろんとまな板の上に乗っている。

「さて、カボチャがあるっちゃあるわけで、カボチャの煮付けは昨日の残りがあるでしょ。ちょっと手間をかけてパンプキンスープにでもするか。あとは秋刀魚でも焼こう」


〜パンプキンスープの作り方 その1〜


 カボチャと玉ねぎを冷蔵庫から取り出す。玉ねぎを薄切りに、カボチャは皮とワタを取り除いてほどよい大きさに切る。鍋にバターを入れて、タマネギをしんなりするまで炒める。続いてカボチャを加えてさらに炒める。ある程度、カボチャに火が通ったら水とコンソメの素を加えて煮立たせ、柔らかくなるまで煮る。


「そうだ、今夜の天気予報確認しないと」


 煮ている鍋を気にしつつ、テレビの電源を点ける。


「げ、珍しく夜にも出てんじゃん」

 嫌そうな顔をするマホ。テレビにはコメンテーターとして占い師———マホの母親が映っている。ハロウィンの仮装で盛り上がっている街の様子にコメントをしている。

「お母さん相変わらず稼いでるなぁ」

 マホの母親がなにやら適当なコメントをしている。マホにとっては日常茶飯事なのでスルーして作業に戻る。


「そろそろかな」


〜パンプキンスープの作り方 その2〜


 カボチャが柔らかくなったか、竹串をカボチャに通して確認する。

 すっと竹串が入ればOK。

「よし、こんなもんかな。それでは…」

 マホが呪文を詠唱し始める。

 ミキサーの代わりに、風魔法と重力魔法を駆使してカボチャとタマネギをなめらかになるよう混ぜる。重力魔法で上から圧力をかけて鍋の外に飛び散らないようにして、風魔法でミキサーの刃の代わりにかまいたちの効果でなめらかにしていく。この際、重力を鍋の中だけに与えないとコンロなどにダメージがいくので注意が必要。風魔法も同様で力加減を間違えると鍋肌に傷をつけてしまうのでごくごく微量の魔力で行う。テフロンとかの鍋だとテフロンがはがれてしまうので気をつける。

「ふぅ」

 なめらかになったら牛乳を加えて、ひと煮たちさせて、塩、胡椒で味付けをしてほとんど完成。お皿に盛りつけて、生クリームをスプーンで回しかけて完成。好みでみじん切りしたパセリをかけてもOK。

「できた。あとは秋刀魚か。」

 秋刀魚を魚焼きグリルに入れて焼き始める。

「さすがになぁ外じゃないと、炎魔法使えないしなぁ。グリル汚れるし洗うの大変だからあんまり魚焼きたくないんだけどなぁ…でもまぁこの時期安いし美味しいし…」

 ぶつぶつと言いながら秋刀魚を焼く。


 マホの目の前の食卓にはカボチャづくしの夕食が綺麗に並べられている。カボチャの煮付けに、パンプキンスープ、秋刀魚の塩焼き、炊きたてのご飯。

「さてと、生クリームかけて完成っと」

 小さなお皿に移してある生クリームをかけ始めると、ふとテレビに目線を移す。再びスタジオで母親が喋っている。

「(相変わらず好きなことやって、適当に喋って稼いでるなぁ。最近はおばあちゃんも諦めてるっぽいからこっちにとばっちりが来ることはないけど、一時期ひどかったなぁ…おかげでどんだけ厳しく魔力の使い方を教え込まれたことか…あぁ、なんか思い出したらむかついてきた…心頭滅却…平常心平常心)」

 先ほどは日常茶飯事とスルーしたが、改めてテレビで適当にしゃべっているのを聞くと負の感情がわき上がってくる。チャンネルを変え、目を閉じ、心を落ち着かせつつ生クリームをかける。



————ゴゴゴゴゴゴゴ…


ざわざわざわざわ


「!?」


 目を開くと、スープを中心に風が巻き起こり、青白い電撃がバチバチと皿の周りに走っている。お皿の中のスープ自体が発光している。

「あ」

 部屋の電気が消える。

 ガタガタと揺れ出す部屋の棚。

 舞い上がるカボチャの煮付けと秋刀魚。

「しまった…無意識に魔方陣書いてしまった…」

 パンプキンスープに浮かぶ生クリームで描かれた魔方陣。

『我を呼び出したのは汝か…』

 スープから鋭い爪が出て皿の端をつかんでいる。

 そして、腹に響くような低い声。

「えーと…えーと…」

マホが慌てて、床に転がっていた塊を両手でつかむ。

「せいっ」

 先ほどまで、彫っていたジャックオーランタンをスープ皿の上に乗せる。

 飛び散るスープ。

『なっ!?』

 驚きの声を上げるスープから出てこようとしていた何か。

「魔女の力を持って命ず、闇からの使者を封じ込めたまえ」

 マホがそう呟くと、ジャックオーランタンに風と光が吸い込まれていく。

『おおおおおお!?!?!?!?』

 そして、光が一瞬大きく圧縮され、ガラスの割れるようなパリンという音が響く。


「ふぅ」


 部屋の風が収まり、宙を舞っていた秋刀魚がぽとりと机の上に落ちる。カボチャの煮付けとかは床に散らばったりしている。

 一方で、ジャックオーランタンの中から光が漏れている。


「あーあー、スープとか飛び散っちゃったよ…秋刀魚はセーフか…」

 秋刀魚を皿に戻す。

「おい」

 台所に布巾を取りに行こうとするマホを呼び止める声がする。

「なに」

 そういって食卓を見ると光るカボチャがこっちを向いている。

「貴様、魔女か」

「そうよ、それが?」

「我を悪魔と知っての所行か?我をこんなカボチャに閉じ込めるなど」

「あんな派手な登場、どうせあんた低級悪魔でしょ。あとで帰してあげるからちょっと待ってなさい」

「低級呼ばわりとは許せんな」

「低級でしょ、カボチャに閉じ込められてんだから。低級じゃないならカボチャから出てきなさいよ」

「ぐ…言わせておけば小娘のくせに」

「ほら、出てこいよ。大体パンプキンスープを触媒にして召喚される悪魔とかどうなのよ。ほら、出ておいでよ」

「ぐぬぬぬ」

「出来ないんじゃん」

「覚えていろ」

「あ?」

「覚えていろと言ったのだ。我が元の姿に戻ったとき貴様に地獄を見せてやるわ」

「かち割るぞ」

「は?」

「お前封じ込めたままカボチャかち割るぞってんの。2度と実体化出来ないように魂ごとかち割ってやるよ」

「貴様、悪魔か。悪魔よりも悪魔の所行だぞ」

「失礼な。私は魔女ですぅ。てかもういいかな、乾いたら取れなくなるから掃除したいんだけど」

 手のひらの上で火球を作ってみせる。

「あ、はい」

「ご飯も冷めちゃうし」

 火球を消し、台所に布巾を取りに行くマホ。


 軽く散らかった部屋を掃除し、おかずやご飯をよそいなおして食卓につくマホ。

「じゃあ、気を取り直して。いただきます」

「ふん」

 テーブルの片隅に置かれているジャックオーランタン。

「うん、よくできてる」

 美味しそうにご飯を食べるマホ。



「ふぅ、食べた食べた」

 食事を終えてソファーでくつろいでいるマホ。一人暮らしにありがちな、食卓は綺麗に片付いているけど使った食器は台所のシンクに放り込まれただけという状態ではあるが。

「あんた名前は」

 マホが光っているカボチャに尋ねる。

「ほう、我の名を知りたいか」

 しかし、何かに気づいてすぐに訂正する。

「あ、いや、いいわ。駄目だわ。あんたの名前聞いたら契約することになるから。よし、おまえの名前はジャックだ」

「ジャックだと?」

「ジャックオーランタンだからジャック。理由はそれ以上でもそれ以下でもない!」

「貴様どこまで我を愚弄する気だ」

 カボチャが喚いているが無視して立ち上がるマホ。

「さて、あんた灯りにちょうどいいわ。出かけるよ」

「出かけるだと?我を帰すという話はどうなった」

「終わったら帰してやるわよ」

 いかにも魔女といったような黒いマントを羽織るマホ。

「行くわよ」

 とんがり帽子に、黒マント、竹箒。そして、竹箒にはジャックがくくりつけられている。



 月明かりの中、カボチャがくくりつけられた箒にマホがまたがってふわふわと街の上空を飛んでいる。

「やっぱりたまには飛ばないとだめだわ。ちょっと鈍ってる」

 箒にはジャックがくくりつけられているのだが、そのままだと光が強すぎるので布をかぶせられている。

「貴様どこまでも我を…」

「だって、ちょっと明るすぎるんだもの。光調節できないの?」

「む、少し待て」

 カボチャから光が砂のように霧散していく。

「これでどうだ」

 先ほどまで煌々としていた光がうっすらとした明るさになる。

「うーん、これだと結局何のためにあんたを連れてきたのかわからないけど、まぁいいわ。もうすぐ街だし」

「わざわざ人の多い街に繰り出さなければ済む話ではないのか?」

「いやぁ、こういうお祭りごとで人が集まるところはさぁ負のエネルギーとか集まりやすいから、魔力を補給するのにちょうどいいのよね。あんたら悪魔と違ってさすがに魂まではいらないけど。さて、ここら辺で降りるか」

 人気のなさそうな路地裏を見つけ、ゆっくりと下降していく。

「しかし、魔力を集めるだけなら上空からの方が効率はよい気もするが。わざわざ降りる必要はないんじゃないか?」

「これは魔女とか関係なくて個人的にお祭り騒ぎにちょっと興味があるだけよ。少し歩いたら帰るわ。人混みの中では黙ってなさい」

「安心しろ、我の声は貴様にしか聞こえない」

「あ、そう」

 すとっと路地裏に降りる。


 路地裏からこっそりと顔を出すと夜だというのに人だかりができている。往来は歩行者天国になっていて、仮装した人々が行き交っている。大半は酔っ払っていたりするが。

「うわぁ人多いわね…」

「奇妙な出で立ちの者が多いな。人間というのは本当に理解し難い生き物だ」

「まぁハロウィン関係なくただのコスプレ騒ぎとなってるしねぇ。同じ人間でも理解し難いから安心なさい。ま、こんな格好で歩けるのも今日ぐらいなもんだけどねぇ」

「で、こんなところまで来て、次はどうするんだ?」

「適当に小一時間歩いたら帰るわよ。それで魔力補給終わり」

「うわ、びっくりした、人いるよ」

「?」

 マホが振り返ると暗がりの中に4人組の仮装した酔っ払いがいた。

「魔女のコスプレなんだろうけど、全身黒づくめって」

「地味すぎて気づかなかったわ」

「ださーい」

 酔っぱらいたちが思ったことを口に出しているがマホとしてはジャックとの会話を聞かれていなかったとわかりホッとする。

「酒臭っ」

 酔っぱらいたちがこっちに近づいてくるので、その場をやり過ごそうとマホが端っこに避けるとあまりの酒臭さに思わず声が出てしまう。

 酔っぱらいたちが少しムッとした顔をする。

 マホの方を見て立ち止まる。

「カボチャもださーい」

「でもなんか光ってる」

「やっぱ地味だな」

「ぎゃはははは、地味、はははは」

 マホの周りを囲むように笑い始める酔っぱらいたち。

 うつむくマホ。

「(む、近くに急速に増大する魔力…この小娘か!?)」

 ジャックがマホの魔力が増大していることに気づく。

「(おい、小娘!こんなところで魔力を解放してよいのか!?)」 

 ジャックの静止がマホには届いていない。なぜなら、マホが俯いて小さな声で詠唱を始めていたからである。

「おーい、地味なお姉さん聞こえてます〜?」

「あなたのことですよ〜」

 酔っ払いがだめ押しの面倒くさい絡み方をマホにした瞬間、詠唱が終わった。

「地味地味うるせぇ!」


 バシュッ!


 音ともにマホを中心にガラス玉のような結界が現れて膨らみ、すぐに収縮し手のひらに乗るぐらいのサイズの球体に縮む。酔っぱらいたちは突然の光と風圧もあるが目の前で何が起きているか理解ができず、驚き、言葉を発せずにいる。マホはそんな酔っ払いの様子を気にすることなく、淡々と作業を進めていく。球体を口元に持っていき、そっと口づけをして呟く。


 「子豚になっちゃえ」


 その声色は艶めかしく、決して地味などではなく、魔女らしい妖艶な響きを持っていた。

 マホが酔っぱらいたちの足下に球体を投げる。


 ぱりん。


 「!?」


 球体はガラスのように割れ、閃光を発して酔っぱらいたちが光に包まれ、光が収まり再び夜の闇が訪れた瞬間、人の姿ではなく…“子豚”の姿になっていた。

 何が起きているのかわかっていない子豚もとい酔っ払い4人組。お互いの姿を見て驚きぐるぐると4匹が円を描いて回っている。その間、人語を話しているつもりなのだろうが豚の鳴き声が響いている。そしてそれに気づき、更にパニックに陥っていく4匹。

 そして、その4匹に冷ややかな視線を浴びせている魔女ことマホ。

「ふん、朝までその姿でいればいいんじゃない」

「お前、やっぱり前世、悪魔かなにかだろう」

「地獄に帰さずにここで魂ごと滅するぞ」

「静かにしてます」

「じゃ、行くぞ」

「はい」

 背後に子豚4匹を残して、魔女とカボチャに閉じ込められた悪魔が街に繰り出していく。




「ただいまっと」

 あれから数時間後、ハロウィンで騒いでいる街を一通り歩き回り、酔っ払いに絡まれることもナンパされることもなく、ただただ歩き回るだけ歩き回って帰ってきたマホとジャック。多少、淡い期待を抱いてはいたが世の中そんなに甘くはない。やはり格好が地味すぎた。街の灯りやテンションと比べると残念ながら何というか黒づくめという色合いが地味である。本人がそこに気づいているかどうかは定かではないが。

 部屋の中に入ると食卓の上に置いていったスマホが着信を告げている。

「こんな時間に誰だろ?」

 表示されている“おばあちゃん”からの着信。

「もしもし?」

「あんた!魔法使ったでしょ!」

 電話に出るといきなりの大音量で怒鳴り声。

「何故バレたし」

「テレビつけてみろ!」

 言われるままにテレビの電源を入れると先ほどまでいた街の中継が流れている。

「あちゃー」

 ハロウィンで賑わっている町中に突然、子豚が現れて警官が捕獲のために走り回っているというニュース。

「あちゃー…じゃないわ!今すぐ、魔法解いてこい!」

「えー…夜明けには魔法が解けるよ」

「警察に捕獲されてから魔法解けたらそれこそ大変な騒ぎになるだろ!」

「大丈夫だってー。もう夜遅いし、眠いし」

「マホ」

「えぇ…」

「行け」

「はい」

 言葉から発せられるありとあらゆる恐怖を感じ取り、素直に返事をして電話を切るマホ。 

「なんだ…あのオーラは。声だけであそこまでの威圧感を感じるとは…相当な魔力を持っていると見える…」

「うちのお師匠様ことおばあちゃんだよ。そんな大袈裟に騒がなくても朝には解けるのにねぇ」

 どかっとソファーに座り、だらける。

「どうした、行かないのか?」

「帰ってきたばっかだよ。魔力の補給ってもそれなりに体力は使うからね。少し休憩」

「いや、あの威圧感はただの威圧感じゃなかったんだが」

「いつものことだよ。それにおばあちゃんだって千里眼は持ち合わせてないから、ちょっとぐらい休憩してから出ても…!?」

 寒気がマホを襲う。

「どうした?急に固まって」

 ゆっくりと背後のベランダに視線をやる。

 手すりに1羽、カラスが止まっている。

「カラス…か」

「イケ…ハヤク…イケ…」

「!?」

 カラスが人語を発し、窓を突き始める。よく見ると体から生えている足が一本である。

「行きます!今すぐ行きます!」

 慌てて、支度を始めるマホ。

「まさか」

 ジャックが気づく。

「おばあちゃんの使い魔よ!あんたよりもよっぽど上級のね!」

 ジャックがくくりつけられた箒を手に、ドタバタと部屋を後にする。



———翌朝。

 つけっぱなしのテレビから朝のニュースが流れている。街中を騒がした子豚は姿を消してしまい、警察は相変わらず捜索を続けているが、通勤時には気をつけてくださいとアナウンサーが原稿を読み上げている。

 ガチャリと扉が開きマホとジャックが帰ってくる。

「疲れた…眠い…何とか夜明け前には魔法解けたけど、さすがに明るくなってきた中、空を飛んで帰ってくるわけにはいかないから歩いて帰ってきたけど…しんど…」

 ばたりとベッドに倒れ込むマホ。

 玄関内にある傘立てに立てかけられた箒とくくりつけられたままのカボチャことジャック。


「我はいつ解放してもらえるのだろうか…」


 ぽつりとつぶやく弱気な悪魔。薄暗い玄関でカボチャがぼんやりと光っている。

 部屋の奥から寝息が聞こえてくる。

 外から戻ってきた黒づくめの姿のままベッドで熟睡しているマホ。



 …こんな私がそのうち世界を救うことになるとは、この時、誰も予想できていないのであった。



次回「お好み焼きのソースとマヨで召喚する黒と白の双子悪魔」

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