32 御前試合

「一体、どうなってるの、これ?」

『姫様が、タケルをそばに置きたい、というところまでは判るが……あとはその場の流れでこうなったとしかわらかん』

「弱ったなぁ」


 謁見後、タケルは王宮の近くにある訓練場まで連れてこられていた。ここは軍の訓練だけでなく、観閲式なども行われるため、すり鉢状になった中央が広場に、その周囲を階段状の座席がぐるりと取り囲んでいる構造になっている。訓練場というより闘技場コロッセオに近い。


「しっかりと軍隊の訓練をした人間に、僕がかなうわけないじゃないか」

『さて、どうかな?まぁ、救急部隊も常駐しておるから、死ぬことはないだろうよ』

「くそ、愉しそうにして!あんたも協力してくれよ」

『ふっふっふ。是非も無かろうよ』


 訓練場の控え室にいるタケルは、フラジの強化服を着ていた。すでに軍が解析し、殺傷能力のある武器は外してある。その分、軽くなっているので動きやすくなるはずだ。手には残光丸。

 外からは、歓声が聞こえてくる。

 実は、タケルの腕試しだけでは面白くないと、急遽、御前試合が行われることになったのだ。数組が皇帝や貴族の前で武勇を示す。トリがタケルと騎士の対決だ。タケルは観客席から、三組ほどの戦いを見た。一組目は、騎馬に乗った槍使い同士の戦いで、騎馬が交差する一瞬で勝敗が決まった。二組目は大剣を振るう騎士同士の戦い。大剣を力任せに振り回す戦法は、隙が多いようにタケルは感じた。

 三組目は、片手剣と盾を持った騎士と、鎖分銅のような武器を持った戦士との一戦。これは見所があった。鎖分銅の片方には突起の付いた錘が、もう片方には斧が付いている。戦士は錘をブンブンと頭上で振り回す。騎士は、盾で守りながら、相手の懐に飛び込むタイミングを計る。円を描くように動く戦士と騎士。太陽を背にしたところで戦士が仕掛ける。錘を思い切り騎士に投げつけたのだ。当たれば只ではすまない。騎士は盾で錘の方向をずらすとともに、一気に相手との距離を詰め、片手剣を振り抜く。

 ガッ!と鈍い金属音が響く。戦士が斧で剣を受け止めたのだ。そこで戦士は判断ミスを犯してしまう。相手との距離を取ろうと後方へ跳んだのだ。騎士はそれを見逃さず、相手と動きを合わせて前方に飛び込む。そして盾で思い切り戦士の顔面を叩いた。シールドバッシュ。盾による攻撃だ。空中でバランスを崩した戦士は、地面に倒れ込む。その上から騎士が覆い被さり剣を喉元に突きつけて勝負は決した。


 タケルは、相手がどんな武器で来るのかを知らされていない。相手はガルタ――ではない。

「ガルタはタケルの対戦させて欲しいと騎士団長アーヴァへ直訴したんですって。でも、許されなかったみたい」

 観戦中、エルナがこっそりタケルに教えてくれた。ガルタ……判るなぁ、ボクをこてんぱんに叩きつぶしたいんだろうなぁと、タケルは苦笑いを浮かべる。

「相手は騎士団でも、一、二を争う強者と言われている者です。でも、大丈夫。タケルならきっと勝てます」

エルナに期待を寄せられることはうれしいが、負けてがっかりさせてしまう怖さもある。がんばらないと、と思う反面、こんな戦いに意味があるのかとも思う。

『なに、試合の一つだと思えばよいのだ。実際に、他流試合のようなものだしな』

 タケルが心の内を呟くと、ドナリエルはそういった。もしかして励ましている?


「お時間です」

 係員がタケルを呼びに来た。案内されるまま訓練場へと続くゲートをくぐる。訓練場の中央付近では、前の試合で散らばった残骸――どんな試合だったんだ?――を片付けているところだった。

 タケルの正面にあるゲートからは、大柄な男が現れる。身長は2メートルを超えるだろう。長身のタケルよりも頭二つ分くらい大きい。手には槍、ではなく、長い棒。その先端には黒い塊が付いている。ビベルガと呼ばれる武器だと、ドナリエルがタケルに伝える。攻撃範囲が広く振り回して相手を粉砕する、殺傷能力は低いが当たった時の破壊力はすさまじい。しっかりと腰を下ろしていないと、掠めただけでもバランスを崩しそうだ。

 相手の戦士が、ビベルガを振り回すと、ブォォッと轟音とともに砂煙が舞い上がった。リーチがある分、日本刀の相手としては少し不利な相手だ。タケルは、長刀なぎなたを使う祖母には一度も勝てなかったことを思い出した。


「これより最終試合、太陽系ソル出身タケルと、ガルダント星系出身、騎士トーラスとの一戦を始めます」

 場内アナウンスが流れる。ガルダント星系といえば、ナルクリスの星系だ。なかなかシンプルな武器があるんだなぁ。トーラスあっちもこっちを野蛮と思っていそうだが。そんなことを考えながら、ゆっくりと中央へ向かうタケル。相手も近づいて来た。相手の間合いと思われる少し手前で止まる。

 ゆっくりと居合いの構えをとるタケル。相手の動きに集中しようとしている。一方、トーラスも武器を構え、タケルを睨む。互いに恨みも因縁もない。


「――はじめッ!」

 先に動いたのはトーラスだった。前進すると同時にビベルガを前に突き出す。黒い塊がタケルを襲う。突き、突き、突き――!まったく躊躇いなく、一撃、一撃に必殺の気迫を込めて繰り出されるトーラスの連続攻撃を、タケルは最小限の動きでいなしていった。

 当たりそうで、当たらない。そう、タケルにはトーラスの動きが見えていたのだ。見えたというよりも、足裁きで攻撃を予測していたと言った方がいいだろう。トーラスが足を踏み出す時、つま先の方向がわずかにずれる。ずれる方向で、どこを狙ってくるのか、攻撃を予想しやすいのだ。時折トーラスはフェイントを混ぜてくるが、フェイント攻撃の時には足に力がかかっていないため、見破ることができた。また、トーラスの突きは直線的過ぎた。そのため、最小限の動きで避けることができる。

 タケルは、こうしたトーラスの癖を最初の攻撃から喝破していた。剣の師匠が常に言っていた言葉がよみがえる。――“剣を見るな。相手の前身を見ろ。そして周囲すべてを見ろ”――今、タケルには相手を含め、周囲のことが見えていた。フラジと戦った時にはできなかったことである。しかもそれを意識せずにできるようになっていた。

 突きが避けられると見たトーラスは、前後の動きに横方向の動きを混ぜてきた。突いて引き、横殴りに振る。意外にトリッキーな動きに対し、タケルはビベルガの先端を避けながらトーラスの周囲を、円を描くように回り込んでいった。


 体力はトーラスの方が優れていたかもしれないが、錘付きの棒を振り回していれば、やがて体力も削られてくる。それ以上に当たらない攻撃は、攻撃者を苛つかせる。トーラスは一旦距離を取って、体力の回復を図る。タケルは追わずにそのまま立っている。体力はほとんど減っていない。抜刀すらしていない。


「これってドナリエルの力?」

 タケルが指摘したのは動体視力のことだ。これまでやってきた剣の修行で、ある程度の動体視力が養われてきたとは思うが、これほど良く見えるのはタケルにとっても意外だったのだ。

『いや、私ではない……と思うが』

 ドナリエルは、タケルの体内にあるスマートメタルエナーを使って、主に肉体の動きを補助していた。視覚神経に干渉した覚えはない。

「そうなのかぁ……」

 そういえば、検査の結果もまだ聞いていないな。

 別の事を考えていたところに、トーラスが飛び込んで来た。間合いに入った時、トーラスは後ろ手に持ったビベルガを、タケルに向かって思い切り反動を付けて叩き込んだ。すさまじい音を立ててビベルガの先端が地面にめり込む。もうもうと立ちこめる砂。その中にタケルはない。身体ごと吹き飛ばされたのか?――ちがう、タケルは上空にいた!トーラスの攻撃をジャンプで回避したのだ。

 トーラスはすぐさまビベルガを両手に持ちかえ、下から上に振り抜くようにタケルを狙った。しかし、体勢が不十分だ。先端の錘はタケルに当たったもののさしたるダメージは与えられていない。それどころか、タケルはトーラスの攻撃を利用し、さらに高く跳んでいた。

 上空高く飛翔するタケルを、唖然と見上げるトーラス。タケルは上空で残光丸を抜き放つ。ぎらり、と残光丸が煌めくと、トーラスは思わず右手を目の前にかざす。タケルは落下しながら残光丸を上端に振りかぶり、そのまま一直線に振り下ろす!


キィィィィン――!


 澄んだ音は白い光の線を連れていた。光はトーラスの頭から足下まで貫いていた。残光。まさに名に恥じぬその太刀筋。


 しばしの静寂。タケルはゆっくりと立ち上がる。トーラスの目がぐるりとひっくりかえり、白目を剥いたまま後方へと倒れ込み、巨体は地響きを立てて倒れた。


「勝負あり!勝者、タケル!」

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