29 つかの間の休暇

 その女騎士は、ガルタ・ブランシェと名乗った。皇帝近衛騎士団エルナ護衛部隊副隊長であると。タケルはすでに一度、この女騎士に会っている。細身の身体にはち切れんばかりのエネルギー、燃えるような赤い髪は、その気質を如実に表している。忘れもしない、トワ皇帝と非公式で食事(と密談)をした時のことだ。扉の前でタケルに向けた敵意は、今も変わらない。あの時と違って武装しているだけにやっかいだ。腰の両側にぶら下げた短めの剣は、いつ抜き放たれても不思議はないように思えた。


「あのー、ボクが何かしましたか?」

 こちらから話しかけても、ガルタは一言も漏らさずにタケルを睨みつけるだけだ。

『こやつはな、姫君に近づく男はみんな悪人と──いや、人間ですらなく害虫くらいにしか思っておらんのよ。だから、小僧も退治しようと考えておるのさ』


「そもそもっ!」

 ドナリエルの言葉に、ガルタはタケルに指を突き付ける。正確には、タケルの胸元についた、ドナリエルの小さな平面スピーカーに。

「そもそも、ドナリエル殿がもっとしっかりしておれば、このような未開の者が姫殿下にまとわりつくこともなかったのです!私が同行しておれば、このようなことには……くっ!」

 悔しさを滲ませた怒りの表情でタケルを睨み付けるガルタ。彼女にとってタケルは完全に害虫、排除すべき対象であった。そこにエルナが割って入る。

「ガルタ、止めて。タケルは貴女の思っているような人ではないわ」

「し、しかしっ!このような下賤の男を、姫殿下の近くに置くなどと──」

「いい加減になさい!それ以上タケルを侮辱することは私が許しません。タケルは私の……私の大切な方なのですよ!」


エルナのその言葉は、ガルタにとって大きな破壊力を持っていた。エルナに向き直ったガルタの目には、光るものが浮かんでいた。彼女の身体は小刻みに震えている。

「たっ、大切な……こ、こんな男が……そ、そんな……」

エルナはすっとタケルのそばに近づくと、その腕を取って歩き出した。

「さ、タケル行きましょ」

「あ……う、うん……」

 部屋を出ながらタケルが振り返ると、がっくりと肩を落とし顔を伏せるガルタの姿が見えた。こりゃ恨まれたかもなぁ。


 そもそもエルナが外出するからと、護衛のためにガルタがやって来たのだ。しかし、ガルタはタケルを見るなり敵意をむき出しに牽制を始めてしまった。タケルとしてはこんな展開は予想外だったのだが、ドナリエルは違ったようだ。

あれガルタは、姫様命だからなぁ。初対面ですでに敵認識しておったし、まぁこうなるだろうとはだろうとは思っていたよ』

「予想していたなら、こうなる前になんとかしてよ」

『ふん!なぜ私がそんなことをしなければいかんのだ?』

そう答えるドナリエルの声は、どこか愉しげだった。


 実際のところ、エルナの幸福を第一に考えているドナリエルは、ガルタの存在はエルナの評判を落とし幸福から遠ざけていると考えていた。エルナの悪評のうち、半分以上はガルタの責任だとも思っている。一方ガルタも、ドナリエルはエルナのそばから排除できない唯一の存在、いわば目の上のたん瘤だった。女神のごとくエルナを崇拝するガルタにとって、ドナリエルは女神の服に付いた落とせない染みだ。要するに、お互いを嫌い合っているのだ。だからといって、相手を排除すればエルナの不興を買うことは目に見えている。表面上は何事もなくつきあって来た。それでも過去には何度も衝突しており、そのたびにエルナが仲裁に入って事態を収めるという上体だった。


 気に入らない奴をぎゃふんと言わせてやった、とでも思っているのか。その日のドナリエルはタケルにも優しかった。が、タケルにしてみれば、普段と余りに違うので気持ち悪いと感じてしまう。エルナに頼んでドナリエルを停止させてもらうか。そんな悪い考えがよぎるほどであった。


                ◇


 トワ帝国皇帝バンダーンとの密談で、今後の行動を大雑把に決めた後、およそ15日間セト・トワ星系に留まることとなった。《ミーバ・ナゴス》の修理がそれだけ時間が掛かるためだ。もうひとつの理由としては、暗殺者に追われたエルナの休養という意味合いもある。タケルがエルナと二人で過ごせる時間を増やしてやろうという、親心だろうか。帝国主星系に行ってしまえば、エルナと会うことは簡単ではなくなる。婚約者という立場は公にはされていないので、主星系におけるタケルの立場は、ただの一般帝国民だ。だから、そうなる前に羽根を伸ばそうというのである。


 15日間の休日を楽しむ前に、タケルはエルナの気持ちをちゃんと確かめている。タケルが有機を振り絞って自分の気持ちをエルナに伝えると、エルナはあっさりと

「もちろん、タケルのお嫁さんになりたいの。タケルは違うの?」

 と答えた。そんな風に、にっこり笑顔で返されたら、もう何も言えないじゃないか。タケルは、エルナをそっと抱きしめた。


                ◇


 セト・トワ星系第3惑星であるセト3は、行政の中心があるセト4とは異なり、農工業および商業中心の惑星である。遊ぶところもたくさんある。

初めて目にする地球以外の異星文明は、タケルにとって目新しいものばかりであった。食事、ファッション、映画・演劇、たっぷりとエルナと共に楽しんだ。もちろん、ここセト・トワでもエルナの姿は知られているので、エルナは変装をしていたが。

 3日目からは、ガルタ・ブランシェが復活して護衛についた。エルナの言葉で茫然自失となってしまったため護衛の役が果たせず、上司にこってりと怒られたらしい。その訓戒がよほど効果的だったのか、それともエルナの叱咤が尾を引いているのか、ガルタはしっかりと目立たないよう護衛に徹していた。時折、タケルに対する敵意も見せたが。


 セト3最大の商業都市エルロアでは、エルナの行きつけという店に行った。地球で言えばファッション・ブティックのような店だと、ドナリエルはタケルに説明した。


「タケル、どう?」

「うん、カワイイよ」

「こっちはどう?」

「あぁ、やっぱり明るい色が似合うね」

 店内の小さなステージ上では、エルナのミニファッションショーが行われていた。三次元ホログラムによって、さまざまなデザインの服がエルナの体型に合わせて、次々と投影されていく。材質によって質感も変化するところがすごい。

「う~ん、これにしようかな」

「いいと思うよ」

「そうね、ここの襟をもう少し高くして、色ももう少し明るく……そうそう」

 エルナが変更点を口にすると、投影されている服が変化していく。

「うん。これでお願い」

「承りました」

 三次元立体投影機ホロ・プロジェクターを操作していた店員が、エルナのオーダーを受け付けてデザインを店の工房に送った。1時間ほどで縫製まで終わるらしい。

「じゃぁ、今度はタケルね」

 主星系に着いたら、皇帝に謁見しなければならない。非公式には会っているが、きちんと公式の場で対面することが大切なのだとエルナは言う。そのためには、服装もきちんとしなければならない。なにせタケルが持っているのは、地球から持ってきた私服と《ミーバ・ナゴス》の制服くらいのものだ。ちなみに強化服は軍の解析チームに送られたらしい。


「ボクは吊るしでいいよ」

「吊るし?あぁ、既製品のことね。ここはフルオーダーメイドなのよ。さ、覚悟してそこに立って」

 後はエルナが指示するまま、着せ替え人形となった。皇帝や貴族の前に立っても恥ずかしくない服装を決めてオーダーした頃には、エルナの服ができあがっていた。試着をしないのは、この店を信頼しているからだろう。

「ありがとう」

 服を受け取ったエルナは、店員が差し出す端末に《識章》をかざした。ハープのような音が鳴り響き、端末の表面に数字が並んだ。その数字をタップすると、支払は終了だ。


 トワ帝国内には、貨幣は存在しない。帝国民は、各々の働きにより算出されたポイントが、データとして《識章》に送られる。その単位は、トワス。支払う場合には、《識章》から店のコンピュータにトワスのデータが送られる。すべては《識章》を通じて支払が行われるのだ。実際には、惑星上に複数のデータサーバーが配置されており、全帝国民のデータが管理されている。星系間のデータ交換も頻繁に行われており、《識章》とデータサーバーの情報に齟齬がないようにしている。また、《識章》は現在位置プレゼンス情報も把握している。簡単に言えば、どの星系からどの星系に渡ったかという情報も管理している。つまり、星系間でどの個人情報をやりとりすれば良いのか、それも《識章》が把握しているということだ。数多くの人間が、《識章》を中心とした経済システムの穴を見つけようと努力したが、たとえ穴が公になったとしても、すぐさま対策が取られた。

 ちなみに、帝国内の公共交通機関は、基本無料で使用可能。また、政府指定の住居であれば、住宅費もかからない。個人間で交渉して住居を交換することは可能だ。さらに、10日毎に生活に必要なトワスが政府から支給される。地球でベーシック・インカムと呼ばれるシステムに似ているが、管理は《識章》が行い、流用はできない仕組みになっている。


 皇帝が《識章》を「帝国の基盤だ」と言ったのも、決して大げさなことではないのだ。


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