12 現状把握
タケルの言葉を遮るように、エルナが説明する。その表情は暗い。
「《ゲート》の近辺には、船が……おそらく武装した船が待機しています。帝国ではない星系に繋がる《ゲート》を監視しているのは、《ミーバ=ナゴス》……私の船です」
絞り出すように、命からがら逃げて来た宇宙船のことを話すエルナを見て、タケルは胸の奥が苦しくなった。エルナが感じている、自分だけ逃げてしまったという罪悪感、皆殺しにされているのではという絶望感、そうした感情が分かるからだ。そうじゃない、悪いのは君じゃないと言葉にしたかった。しかし、タケルにはできなかった。今は、その時ではない。
『すでに、帝国へ連絡するための小型艇を送り出したが、ことごとく阻止された』
場の重苦しい空気を読んだのか、ドナリエルがエルナの説明を補足した。スリングショット航法で飛んだ後に次元位相転移エンジンを使うためには、時間をおかなければならない。その上、スリングショットでのジャンプは、容易に探知されてしまうのだという。
帝国へ戻るためには、エルナの専用艦あるいは謎の船のどちらかを排除するしかない。そのためには――。
「地球へ戻る必要があります」
エルナは静かに、しかしきっぱりと決意を込めて言った。
タケルの治療と並行して、トロヤ群の避難所では超光速航行が可能な小型艇が組み立てられていた。全長は10メートル程度、中に居住スペースはあるが窓は無い。エルナはその宇宙艇を《チットナゴス》(小さな青い鳥)と名付けた。ナゴスは、エルナの故郷に生息する、青い鳥だ。
『好奇心旺盛なところが、姫様に似ておる』
というドナリエルの言葉に、「もう!」と子供のように恥ずかしがるエルナだった。
――幕間――
その部屋の中央には、細長いカプセルがあった。タケルが近づくと、自動的に証明が点灯し、半透明のカバー越しにカプセルの中身を明らかにした。
黒尽くめの男――男なのだろう。体つきは人間の男子と大きな違いはない。ただ、腕や脚は細く長い。大きく違うのは顔だ。人間よりも大きな目は深く黒い。耳は大きい。口と鼻は前方にせり出し、唇の隙間から牙が覗いている。
獣人。人と獣の中間存在。そんな言葉がタケルの脳裏をよぎる。
フラジ2535。その名をタケルは知らない。だが、間違いなく、自分がその命を奪った。エルナを守りたい、その一心で無我夢中に戦ったタケルには、ひとつの命を奪った、殺したという実感は、まだ、ない。ただ、肉に食い込む刃、骨に当たった時の衝撃、射されたときの痛みより先に襲ってくる熱さ。そんな感触はしっかりと覚えている。
ひとつ間違えばタケル自身も命を落とし、エルナも殺されていたかも知れない。そう考えても不思議と憎しみや怒りは湧いてこなかった。
目の前に手をかざしてみる。
「いつか、殺したことを後悔する日が来るんだろうか?」
『殺さねば、殺されていた。それを後から後悔するなど愚かなことだ』
ドナリエルの声が、まるで幻聴のように聞こえる。
「そうだな。後悔してもしかたない。今はやるべきことをやる」
タケルは、キッと顔を上げ踵を返し、ゆっくりとした足取りで部屋を出た。照明が徐々に暗くなる。フラジの黒い瞳は、何も映さない。
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