13
(こいつ、頭からホットコーヒーでもぶっかけてやろうか)
ふと、思う。僕はこんなにも何かに対して怒れる人間だっただろうか、と。
(……僕の中の怒りも喪服の女に食われていて、それが蘇ってきたのか? それともニャン太があまりにも腹立たしいだけなのか?)
『ん~? どうしたのにゃ楓? 怒ることにゃんて特別でもにゃんでもにゃいだろうに』
梓の胸に頭を思い切りこすりつけているニャン太を見ていることに耐えられなかったので、僕は喫茶店の中に入ることにした。
「それじゃ僕が入って注文してくるから、梓は何か飲みたいものはある?」
「あー、ごめんなさい。それじゃあお願いするね。私はホットの紅茶を適当に」
「わかった」
梓を置いて喫茶店の中に入る。カウンターには数人並んでいたが、それほど待つことはなさそうだった。
ふと、つい先程出会ったばかりのニャン太とのやり取りを思い出す。
(あんな風に感情をぶつけたことは、梓相手にだってない)
そもそも僕は感情が希薄だった。最近になって少しずつ取り戻してきたとはいえ、それでもまだまだ普通の人と比べれば乏しいだろう。
(それなのに、ニャン太相手だとなんというか、素直に感情が出せる)
『うむ。それ即ち余が如何に巧みに人間の心を解き解しているかということにゃ』
げんなりする。ある程度離れたはずなのに容赦なく脳内に響くニャン太の声。
(……お前、距離とか関係ないのか?)
『そもそも試したことがにゃいけど、このぐらいだったら関係にゃいっぽいにゃあ』
軽く眩暈を覚えながらカウンターの前の列に並んでいると、僕の番になった。梓に頼まれた紅茶と自分のコーヒーを注文し、淹れ終わると僕はそれらを持って梓が待っているであろうテラスに向かった。
「はい、梓」
梓はテラスの奥から二番目の席に座っていた。膝にはニャン太がだらしなく寝転がっている。梓の前に紅茶を置き、自分のコーヒーを手に取ったところで、僕は不意にそのままニャン太にコーヒーカップの中身を注ぎたい、という欲望に囚われた。だがもしもそれを実行した場合、梓にも容赦なくコーヒーがかかるということだ。僕はギリギリのところでその欲望に打ち勝った。
『ま~ったく、まだ余にコーヒーをかけた~いとか思ってるのかにゃ~? 楓は心に余裕がなさすぎにゃ~、余みたいに軟らか~い膝の上でゴロゴロしてればそんにゃにイライラすることもにゃいのに~』
(……あぁ、もう。こいつと話してるとますます頭痛がひどくなる)
僕は梓の向かい側の席に腰を下ろすと、そのままコーヒーを飲むことにした。コーヒーの苦みがニャン太にかき乱されっぱなしの心をわずかに鎮めてくれる。
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