14
「――さん、――お客さん!!」
(……あれ?)
気がつくと、僕は花屋の前に立っていた。花屋の青年が心配そうな顔をしてすぐ側に立っている。
「――あの、僕は、なんで」
「あぁ、よかった! やっと話ができるようになった。倒れてるからどうしたのかと思ったら、いきなり立ち上がってうちの店の前まで来て、今度は何も言わないでずーっと立ってるし、もう俺どうしていいかわからなくって……」
どうやら大分迷惑をかけてしまったらしい。それにしても僕はどうしてこんなところに――全てを思い出した。
「あの女はっ――」
辺りを見回すが、顔の動かない女の姿はなかった。だが、よく見ると電柱の一本がどうもおかしい。
(……足場用のボルトに、何か刺さってる?)
直視して――思わず息を飲んだ。ボルトに刺さっていたのは顔の動かない女の体の一部だったからだ。足場用ボルトの一本一本に手足や分割された胴体、そして頭が刺して固定してあった。それらは僕が見ている間にどんどん透けていき、完全に見えなくなる直前、
「つぶしてあげられなくてごめんねえ」
顔の動かない女の、最期の声が風に乗って届いた。ほとんど無意識に、僕は携帯を取り出した。画面を見ると、通話はまだ繋がっていた。しまう時に切るのを忘れたらしい。
「……佐治、さん。いますか?」
「いるわよ。っていうかガンガンものすごい音がしてたけど、パン子アンタ無事なの?」
「……無事じゃないけど、生きてます」
「そう――ねぇ、アンタ、黒い雲の中に何がいるか、見た?」
「――佐治さんも、見たんですか?」
「うん、見た。アンタ、アタシがどうして花屋の超イケメンのトカゲを放っておくのかって聞いてきたわよね?」
「はい」
「勝てなかったのよ」
「……え?」
「あれとは戦いにもなんなかった。アンタにまとわりついてた女の強さが下の中なら、鎖と雲の中にいる腐った顔は上の上なの。鎖そのものはなんとかなったけど、腐った顔に睨まれた瞬間から記憶がなくて、気がついたら一人何も持たないで愛媛の山奥にいたわ。どうして無事に下山できたのか今でもわかんない」
「……どうして話してくれなかったんですか」
「――恥ずかしかったし、悔しかったのよ。好きな人を助けられなかったのが。それを隠したくて、八つ当たりみたいにアンタにひどいこと言っちゃったわ……ごめんね。本当に、ごめんなさい」
(あぁ、佐治さんは、自分の都合で見捨てたわけじゃなかったんだ――よかった)
ずっと胸につかえていたものが取れる感覚があった。それと共に、全身から力が抜けて膝が地面に落ちる。
(今度佐治さんに会ったら、僕の方こそひどい態度でしたって、謝らなきゃ……)
頭に、硬いものがぶつかる感覚。その感覚を最後に、僕は意識を失った。
二 縛鎖の男 終了
※ 次回の更新は4月を予定しています。
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