99 標高が高いからな。雷魔法にはバフがかかるんだ
……どうすんですかこれえぇ!
脳内コントを繰り広げてる場合じゃないですよ。
ワタシにこれ以上ネタの引き出しなんてあるはずもないし、そもそも今までのはネタじゃなくてガチだし、芸でもないんだよ! 喜劇ではあったかもしれませんけど!
クソッ、このままじゃあ収拾もオチもつかなくて、ワタシがグリフォンさんにアーセムから叩き落される未来しか見えない。
……しかしどうする、どうするッ!?
見ろよ、あのキラッキラした目を。
まるで疑念という言葉そのものを知らない無垢な赤子のような瞳。ワタシの持ちネタが尽きることがあるなんてことは考えてすらいない。
このグリフォンさんを前にしたら、お笑い番組の観覧客だってもう少し慎ましいに違いない。
……それは置いておくとして、どうするワタシ!?
いくら媚び媚びにへつらったとしても、できませんなんて言える空気じゃあないし、そんなことを口にしたらどんな悲劇が待ち受けているか……。
きっとグリフォンさんは豹変するに違いない。今までの上機嫌が嘘だったみたいに、その姿に相応しい
……無理だ。ワタシに、この場を盛り上げる力はない……。
謝ろう。
素直にごめんなさいしよう。
静かに手を着いて、静かに頭を下げよう。
それしか、ワタシに残された道は、ない。
――無限ループって怖くね?
ぬぁああ! 言ってる場合かワタシ、覚悟を決めろ!
何度繰り返すことになったとしても、頭を下げ続けるんだ。一回で駄目なら十回、十回で駄目なら百回!
赤べこも真っ青なくらいひたすらにヘッドバンキング!
――それこそが、今まで人生をかけて学んできたことだったはずだろう?
(いいぜ、いくらでも見せてやるよ! だがな、これはアンタが望んだことだ。だから、最後までつき合ってもらうぜ?)
フルスロットルだ――!
「もうし……!」
「何をなさっているのですか?」
割って入ってきた声に、膝をつく寸でのところで踏み止まった。
(何奴ッ!?)
急なことで無理に停止したから、中途半端に腰を落とした、まるでワタシが現実から逃げる寸前みたいな及び腰のまま固まってしまった。実に
これは名誉棄損でワンチャンあるで。
(そっちがその気なら、こっちにも考えがありますよ?)
何かあればすぐにでも膝から崩れ落ちられるように、腰を引いた状態を維持したまま声が聞こえてきた方を振り向いた。
同時にグリフォンさんも、悪戯の準備をしていたところを親に見つかった子供みたいに、少し気まずそうに首を
視線の先には、腕を組んで眉間にしわを寄せ、もう見るからに今から怒りますよと言わんばかりの空気を全身から
自他ともに認める幼女のワタシよりもさらに小さい。おそらく身長は一〇〇センチあるかないかといったところだ。
いやいや、惑わされるなワタシ! しっかりと感じているだろう、このただならぬ気配を。
身にまとっているのは、明らかにサイズをミスっているようにしか見えない長く白いローブだけど、服に着られているような印象はまるでない。
むしろ、ローブの純白によって編み込まれた髪の毛の艶やかな黒と確かな知性を宿す深紅の瞳が引き立てられている。彼女のためだけに仕立てられたと、誰もが納得せざるを得ないだろう……採寸については気にしてはいけない。
そして、本来そこにあるはずの幼さは、キリッと上がった目尻と頭部を覆い隠しそうなほど大きく
ゼタさんの捻じれながら後方に伸びる角とはまた違った
その全てから、強者の貫禄が溢れだしてきている。
――この立ち姿。これはそう、お
腕を組む、もしくは腰に手を当てる。あの構えから繰りだされる雷魔法には、全国の少年少女が大粒の水魔法の使用を余儀なくされてきたんだ。
大人ってもう怒っているくせに、今から怒ります、みたいに振舞うのはなんでなんだろうな?
……いや、角の話はどこにいったよ?
でもなくて! マジでどちら様? そもそもここにワタシとグリフォンさん以外の存在がいるなんて聞いてないっていうか、存在できるんですか!?
忘れてるかもしれませんが、ここ、大気圏外なんですよ……。
ちょっとは空気を読めよぉ!
そうは言っても読むための空気がないですよね、とかそういうのは屁理屈って言うんだぜ?
「はぁ。まったく、いつまでお客様をその場に立たせたままにされるおつもりですか?」
「むぅう。だがな、久方ぶりの客人であればこそ、
「言い訳は結構でございます」
キレッキレの言葉にグリフォンさんも思わずたじろぐ。ちょっと切れ味よすぎてワタシまで巻き添えを食いそうなんで、警察は銃刀法違反で早く彼女を取り押さえてください。
しかし、やはりそこは霊獣としてのプライドがあるのか、グリフォンさんも負けじと、やや身を乗りだすようにして反論を試みる。
「だ、だが」
「まだ何か?」
「むぅうう……ない」
まぁ、身を乗りだした先は全自動破砕機だった訳ですけどね。
これには流石のグリフォンさんもプライドもろとも色々と砕かれて、項垂れるしかなかったようで、ふいっとそっぽを向いてふて寝し始めてしまった。
まるっきり拗ねた子供といったグリフォンさんの様子に、「ふぅ」と聞かせるみたいに、というよりはそのまま聞かせるための溜め息が、その背に吐かれた。
「我々人族はレオゥルム様のような霊獣と違い繊細なのです。お気をつけていただかないと」
おっとぉ!? ここにきてまさかの正式な名前らしきものの登場です!
これは自分の中でほぼほぼ『グリフォンさん』で定着しつつあったワタシに対して、あまりにも惨い仕打ち。名前を覚えさせる気がまるでありませんね。
酷いラフプレーですよ、審判は何をやってるんでしょうか?
「レオゥルム様にお任せしていては、アーセムの枝葉が世界を覆ってしまいかねません。ここからは不肖な身ではありますが、
審判というか、どっちかっていうと裁判官の方がしっくりくる雰囲気をまとって近づいてくる幼女に、ゴクリと喉を鳴らして身構えた。
目の前にすると、さらにその存在感がひしひしと伝わってくる。この小さな体の中にグリフォンさん改め、レオゥルムさんと同等のエネルギーが詰まっているのは疑いようもなかった。
「トイディ様」
精美な声音。天然の氷を思わせる、冷たさとお固さがそのまま美しさとして昇華されたような、聞いた者を惹きつける響きがあった。
――たった一言。名前を呼ばれた……それだけのことだった。
でも、たったそれだけのことでワタシたちの間にはすでに、明確なまでに立ち位置の差が作られてしまっていた。
視線は確かに下からこちらを覗いているのに、見上げているのは、ワタシだった。
――ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
「ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。
私、今代の巫子、レオゥルム様のお世話の任を排しております、タタタと申します。この度の来訪、格別の謝意と共に、心より歓迎いたします。
此度のことはこちらとしても急であったため、簡素ではありますが、歓待をご用意いたしました。ごゆるりとお過ごしください」
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