第34話 回復力

「ヤッホーイ! やったげろー!」

 岩の上で悪魔ルルシェの使い魔ルシェがぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

 僕とアリシアは顔を見合わせて……

「ねえユーキ……アナタの魔力レベルが一段階アップしたって……どんな感じ?」

 アリシアは電飾ウナギが抜けた胸元を手で隠しながらそう言った。

「ど、どんな感じって……」


 つぶらな瞳で見つめられて、僕の胸は更に高まると共に、何とも言えぬ背徳感にも襲われた。アリシアは電飾ウナギが服の中に紛れ込んでいたことに気付かないほど消耗しきっている。そんな彼女にエッチな想像をしてしまう僕――


「レベルアップしたオマエの実力を見せてみるげろよ――!」


 まだ興奮しているルシェが叫んできた。

 そうだ、今はあれこれ悩んでいる場合ではない。

 僕はペンダントを握り、アリシアに向けて【エナジー・インジェクション】の回復魔法をかける。これで連続して3人に魔法をかけたことになるけれど、もう目眩を起こすこともなかった。魔力レベルがアップした恩恵だろうか。

 

「ありがとうユーキ! これでアタシも戦えるわ!」


 アリシアは魔獣サイカーバに目を向ける。

 先程からカルバスとカリンの連係プレーで魔獣はキョロキョロ視点が定まらないぐらいに翻弄されている。しかし魔獣の硬い皮膚は容易に2人の刃を受け入れず、一進一退の戦いが続いている。


「じゃあ、行ってくるね。魔獣を倒したら皆で晩ご飯を食べて、それからレベルアップした様子とか聞かせてね!」


 アリシアは僕に顔を向けて目をぱちくりしてきた。本人はウインクをしているつもりらしいけど、やはり両目を瞑ってしまっている。その仕草はめちゃくちゃ可愛いけれど……僕の魔力レベルがアップしたあのタイミングから推測するに……アリシアの濃艶な姿を見て魔力レベルが上がる僕……こんなこと、とても本人には言えない。


 そんな僕の動揺に気付くことなく、アリシアは膝を折り曲げ跳躍の姿勢をとる。

 そしてスカートの中に手を入れて、いつもの双剣をサッと取り出――


「あぁぁぁぁああ――! 無い! アタシの剣がないわぁぁぁ――!」


 頭を抱えて叫び始めた。


「どうしようユーキ、あれが無いとアタシ戦えない……」

「電飾ウナギに襲われていたときに、川に流されてしまったのか?」

「うん、たぶんそうだと思う……」


 両手を肩の高さでぷらぷらさせて泣き出しそうな表情で答えてきた。


「よ、よし! とにかく川下の方を探そう! 金属製の剣のことだからそう遠くには流れてはいないはずだよ」

「そ、そうね……探してみる!」


 アリシアは川底の岩を足場にしてぴょんぴょん跳びながら探し始める。


 一方、カルバス兄妹と魔獣サイカーバの戦いは一段と激しさを増していた。2人は魔獣を挟んで対角線上から攻めていく作戦だ。兄が魔獣の左目を狙って攻撃を仕掛けると同時に妹は右上方の首筋の切れ目を狙う。しかし魔獣は全身を揺さぶって2人を弾き飛ばしてしまう。その直後の石つぶて攻撃。魔獣はエサと共に飲み込んだ岩を口の中で粉々に砕いて噴出させているのだ。


「ないない、無いんだけどぉぉぉ――!」


 アリシアがパニック状態に陥っている。彼女は魔王の娘。人の世界に当てはめると王女様という立場だから、きっと自らの手で探し物をしたことなどないのだろう。魔獣は兄妹に任せて僕はアリシアの剣を探すことに集中することにした。


 そのとき、視線を下に向けたことで胸のペンダントがほんのり青く光っていることに気付いた。それはまるで僕に何かを知らせようとしているように感じられたんだ。  


 ペンダントを握る――


 僕の視界に【サーチ】というキーワードが浮かび上がった。

 続いて浮かんで来た呪文は――


「我が名はユーキ、いま、悪魔ルルシェと魔王の血族アリシアの加護の下、我が身を闇夜を司る悪魔ダークネスに捧げる――【ターゲット・サーチ】」


 呪文を詠唱した瞬間に、小石と電飾ウナギに埋もれたアリシアの2本の剣が目の前の透明なスクリーンに投影された。月明かりに照らされているとはいえ薄暗い周囲とは対照的に、剣だけがライトアップされたような綺麗な映像。まるでカルール村で毎年開催される映画鑑賞会の1シーンを見ているようだ。


「アリシア、剣が見つかったよ!」

「えっ!? ど、どこに? どこおぉぉぉー?」

「それは分からないけど……」

「はあーっ!? なにそれぇぇぇー!」


 剣の様子が見えているだけで、それがどこかまでは僕には分からない。

 僕が中途半端に声をかけてしまったせいで、アリシアのパニック状態が更にレベルアップしてしまった。彼女は頭を抱えて地団駄を踏んでいる。


「あっ、ちょっと待って!」


 僕はアリシアに声をかける。僕の視界に【空間転移】のキーワード。もしかして、これはルシェが言っていた以前の僕には使えなかった上級魔法だろうか。アリシアの濃艶な姿のお陰で僕は一気に上級魔法の使い手に……?


「我が名はユーキ、いま、悪魔ルルシェと魔王の血族アリシアの加護の下、我が身を空間を司る悪魔エリアスに捧げる――【ディメンション・スワップ】」


「うわっ!」


 呪文を詠唱すると、アリシアが驚きの声を上げた。彼女の両手には双剣が収まっていた。ディメンション・スワップは対象物を瞬間移動させる魔法だった。


「すごいすごい、すごいじゃないのユーキ! そんな魔法まで使えるようになったのね。あっ、じゃあアタシ行ってくるから待っていてね!」


 アリシアは魔獣へ向かって風のように飛んでいった。

 それはそれは、パニック状態からの見事なまでの回復力だった。


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