殺戮と鎮魂のチートブレイカー

とら猫の尻尾

第1話 古城の前

 ふと目を開けると、僕は石畳の上に立っていた。


 目の前には石造りの立派な建物。見上げると、煉瓦状の石を積み上げて作られた建物からは、円筒形の塔のようなものが4つ突き出している。


 古びてはいるがそれが城であることは間違いないようだ。


 古城の背後にはゴツゴツした岩がむき出しになった山の斜面が見え、何やら不気味な雰囲気を醸し出している。


「ここは……どこだろう?」


 後ろを振り向くと、石を積まれた花壇のようなものが複雑な形に繋がり、まるで迷路のようになっている。中央には噴水池の跡。それらはすでに朽ち果て、手入れもされずに荒廃している。


 しかしそれらが作られた当時は、まるで絵本から飛び出してきたような豪華な庭園であったことは想像できる。


 花壇にはとげのある綺麗な花が所々に咲いていた。


「――ッ!」


 頭がずきんと痛む。

 その瞬間、僕の脳裏に長い髪の少女の泣き顔が浮かんだ。


「マリー……?」


 それは二つ年下の妹のマリーの顔だった。

 僕はマリーと一緒にどこかへ出かけていた。


「……どこへ?」


 それがどこへかは思い出せない。 

 僕は額に手を当てて考え込む。

 そう、僕は妹のマリーと共にどこかへ出かけた。

 その目的地が……


「この城だったのか……?」


 いや、そんなことがあるわけがない。ここは農民の子である僕らが居てはいけない場所だ。


 マリーはこの近くにいるのか?

 だとしたらすぐに見つけなければならない。

 朽ち果てた庭園を含めた古城前の広大な敷地の周囲は石垣の塀で囲まれており、一際高くなっている部分には木製の門らしき物が見える。


 早く城の外へ出なければ……


 お城の警備の人に見つかったら、不審人物として捕まってしまう。最悪、その場で処刑されることだって考えられる。疑わしきは罰する。農民である僕らには王族が決めたことに逆らうことは許されない。それがこの国の法律なのだから。


 僕は迷路のような庭園跡を迂回して、門の場所へ向かって歩き出す。


「マリー、どこにいるんだ? いるなら返事をしてくれ!」


 妹の名を呼びながら、周囲を探索しながら進む。マリーも城の敷地内にいるのなら、僕が探して連れ出さないと彼女の身も危ないのだ。


 地面がむき出しになった小道には、所々にブロック状の石が転がっている。ここも元は綺麗な石畳の道路になっていたのだろう。


 実際に歩いてみると、予想以上に城の敷地は広く、門にはなかなかたどり着けない。おまけに門の近くには沼地があり、それを迂回するために更に時間がかかる。


 沼の浅瀬には大人の背丈ほどの高さの植物が群生していて、視界が遮られる。もしマリーがこの中に足を踏み入れていたら……彼女の小さな体はあっという間に底なし沼へと沈んでいくだろう。


 そう考えた途端に僕の心臓がどくんと大きく脈を打った。

 記憶は突然、何の前触れもなく降ってきた。



 ――約束は絶対だからね?――



 それは綺麗な澄んだ女の人の声。

 僕はここに来る直前にその声を聞いたんだ。

 妹のものではなく、母のものでもない女の人の声。

 それは忘れてはならない大切な記憶の断片――


「うっ……ぐッ!」


 再びの激痛。

 僕は沼のほとりで膝をつき、頭を抱え込む。

 くそっ、これでは身動きがとれないよ!



『ゲコッ!』



 聞き慣れない生物の鳴き声がした。

 僕の足下に、緑とオレンジ色の固まりが――


「ひぃぃぃ――――ッ」


 僕は驚きのあまり仰け反り、尻餅をついた。


 その生物には首はなく、胴と頭が一塊となっている。

 前足は短く手には水かき。

 後ろ足は大きく太ももの筋肉がやけに発達している。

 ぶよっとした体は湿り気があって、ぶよぶよしている。

 皮膚の色は緑色だが、縦長のぶつぶつがある背中の皮膚はオレンジの蛍光色。


 一言でまとめるならば、気持ち悪い。


 頭の上にちょこんと乗っかったような目が、ギョロリと見上げている。

 僕はしばらくその生物と見つめ合っていた。


 そうだ、僕はこの生物の名を知っている!

 僕が幼い頃に父に描いてもらった『異世界生き物図鑑』に載っていた――


「君はカエルだね?」


『ゲコゲコ!』


 僕は大きくため息を吐く。

 この大変な状況下で一体僕は何をしているのかっ!

 不思議生物と戯れている場合ではないじゃないか。


 いつの間にか頭の痛みもなくなっていた僕は立ち上がる。

 その動きに驚いたのか、カエルは池の中にパシャリと飛び込み姿を消した。



 ようやく門のそばに到着。

 門には門番が立っていることを期待したが、そこはもぬけの殻だった。

 木製のアーチ型の扉はがっちりと閉じられている。

 馬車が二台横並びになっても余裕で通ることができるぐらいの大きな扉とは別に、人が通るための通用口もあるが、こちらも鉄製の大きな鍵が掛けられていた。


 頑丈な鍵は外部からの侵入を拒むと同時に、内部からの脱出も困難にしているのだ。

 

 僕は途方に暮れる。

   

「さあ、ここから魔王城の敷地内だ! 全員気を引き締めていくぞ!」

「おうー!」


 扉の向こう側から人の声が聞こえてきた。


「なあミュータス、こんな壁、俺たちなら簡単に乗り越えられるぜ!」

「いや、ここは後から来る本隊のためにも侵入経路を確保しておこう!」

「でもよお、俺たちが魔王を片付けてしまえばそれで終わりじゃねえか!」

「いいよ、いいよ。ここはリーダーであるミュータスの指示に従おう。俺らの任務はあくまで偵察が第一目標なんだからさっ!」


 どうやら男達が何かの相談をしているようだ。

 僕は通用口の扉に耳をつけて様子を窺っていた。


「おあつらえ向きの丸太が見つかったぜぇ、リック、後ろを持て!」

「あいよっ!」


 何だか不穏な空気を感じる。

 僕が扉から離れようとした次の瞬間――


 頑丈そうな木製の扉が丸太を抱えた太った男達によって無残に破壊された。


 声を上げて仰け反り、尻餅をついた僕の顔面に破片が降ってきた。

 僕は破片まみれの顔のまま身動きが取れなくなる。


 なぜなら……


 僕は剣を持った男たちに囲まれていたのだから――


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