04.氷雨の元上司

「それで、今日の役割分担についてだが」


 切り替えるような一言で我に返る。全てが解決しない事には考察など無意味だ。


「トキとミソギはゲームプレイ担当な。正直、霊符とかまるで効かないだろうから、ミソギの特定だけが頼りって事もある。雨宮と十束はゲーム会社の開発に話を聞いてくれ」


 この人選は妥当と言えた。

 何せ、トキをこちらへ寄せて来たのはフォロー担当という意味だし、雨宮&十束を開発の方へ回したのはこの2人ならトキよりずっと人の話を聞く事に長けているからだ。つまり、この組み合わせ以外はあり得ないとすら言える。


 ――が、それでも出来れば雨宮と組ませて欲しかった。この状況ではまず間違いなくUSBを使う暇など無いだろう。雨宮の方であれば、事情さえ遠回しに説明すれば理解してくれる可能性があった。

 そんな雨宮はと言うと、一瞬だけ眉根を寄せたものの気を取り直したかのように相楽へ問い掛ける。


「あの、相楽さんはいつ頃来ますか?」

「悪いな、おっさんはまずなくした書類を探さねぇと。ちょっとアレは放っておけねえわ。とはいえ、マジで危険な状況になってきたらそっちを優先するから連絡して良いぞ」

「そうですか、ところで、場所は?」

「あ、言ってなかったな。場所はここから車で30分、美影社だ」

「美影社! え、あのグラフィックが綺麗なゲームを造るって有名な、美影社ですか?」

「そうなのか? ちょっとおじさんには分からねぇが……」


 少しはしゃいだように言った雨宮の情報は正しい。ミソギでさえ、例の制作会社が作ったゲームを何本かプレイしているくらいだ。


「じゃ、頼んだぞ。すぐに行きたいが――ごめんな、何か見つからねぇ気がする」


 憂い顔でそう言った相楽はすぐに会議室を飛び出して行った。あの余裕の無さからして、本当に大事な書類だったのだろう。

 相楽の背を見送った十束が肩を竦めて首を横に振る。


「じゃあ、俺達も行くか。相楽さんは今日は居ないものと思って良いだろう」

「だけど十束、相楽さんが来たところでミソギがどうにも出来ないものを、どうにか出来るとも思えないけれど」

「お前はアレだな、相楽さんに割と厳しい一面があるよな……」


 いや、と顔をしかめたトキが鼻を鳴らす。


「相楽さんが居ないと、仕事の中断命令が出せない。私達にとって手に余る存在であったとしても、相楽さんが査定の上で仕事を中止しなければ、現場に居残りだぞ」

「えっ、相楽さんってそういう感じだったっけ? うーん、まだ復帰してからヤバい仕事に当たってないから知らなかったよ」


 ***


 クーラーの冷たい風が頬を撫でる。冷え性だからだろうか、指の先は氷のように冷たくなっていて不快だ。いや、このように不快な心持ちになっているのは現在の状況のせいでもある。


 氷雨は震える手を無理矢理押さえつけながら、手元のA4用紙が入った封筒を見下ろした。もう片方の手でスマホを操作、一つの電話番号を探し出す。

 ――緋桜、と書かれた電話番号を。


 もう一度、周囲に人が居ない事を確認、通話ボタンを押してスマホを耳に押し当てた。心臓がずっと嫌な音を立てている。

 3コール目で上司からの応答があった。


『もしもし。何の報告かしら、氷雨』

「例の書類、抜いて来ましたけれど」

『あら、早かったわね。それじゃあ、その書類はわたくし宛だから、そのまま必要な切手を貼って住所を書いて。それでわたくしに送りなさい』

「あの……相楽さん、その書類を探しているようでしたけど」

『貴方はそんな事を気にしなくて良いのよ。いいから、わたくしの言う通りになさい。書類が届けば、相楽の坊やにはそう言っておくから』


 ――流石に。

 この指示が意図する事は分かる。何の為にそんな事をしたいのかは分からないが、明らかに相楽を支部から出さないようにする為に、この書類を抜けと言ったに違いない。

 だがそこはそれ、一度置いておく。前の上司である彼女は秘密主義だ。基本的に理由を説明しないタイプの人間。訊くだけ無駄というものである。


「あと……ミソギに会えないのですが」

『……? それは何故? 意図的に避けられている、という事かしら。人間関係には注意をしろと口を酸っぱくして言ったと思うのだけれど』

「単純に活動圏が合わないだけかと」

『絶対に会って、伝言なさい。何をしているの』


 怒られてしまった。

 しかも、近くで足早に移動するような音が聞こえる。相楽かもしれない、と氷雨は通話を終了した。

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