08.信じられない飛び火

 程なくして、相楽を連れたトキが戻って来た。しかも、ゾロゾロと他数名も一緒だ。随分と大規模な捜索隊が組まれているらしい。目が合った雨宮が微笑み、その隣に突っ立っていた南雲が大きく手を振る。


 相楽と敷嶋が真面目な話を始めたのを余所に、何となくの流れでミソギはその輪へと加わった。同期が勢揃いしている所に、上手く紛れ込んでいる南雲のコミュニケーション能力は舌を巻く。


「センパーイ!! 何か今日は、同じ仕事する事になりそっすね!」

「そうだね。どう、南雲? 私がいない間、ちゃんと仕事は出来てた?」

「当然っす! トキ先輩もいるし」


 何だかんだ言いつつ、トキはちゃんと南雲の面倒を見ているようだ。これは大変珍しい事で、知らない人間なら放っておかれている事だろう。

 南雲にトキの成長を涙ながらに聞いていると、十束が会話に加わった。


「ところで、解析課は何を調べていたんだ? トキの言う事が間違っていなければ、お前達は行方不明者が出た事を知らなかったんじゃないのか?」

「いや知らなかったけど、何か不審な音が聞こえるって言うから……」

「防犯の意味合いで来てたのか。なるほどな」


 今となっては手遅れ感が否めないが。


「ミソギ、そっちは何か見つかったのかな?」


 雨宮の問いに対し、首を横に振る。残念な事に、1時間ほど探索したがめぼしい物は見つかっていない。


「何も。まあ、1時間ばっかりアテもなく駅を彷徨っただけだけどね」

「赤ちゃんの泣き声とかは?」

「聞こえてないけど……」

「コインロッカーの辺りとか調べた?」

「いいや?」


 この具体的な質問からして、雨宮――引いては支部の連中は何が起こっているのかをある程度、把握しているようだ。情報を共有した事で、直ぐに決着すればいいが。


 考え込んでいると、相楽と敷嶋の情報交換が終わったらしい。更に部下へ得た情報を共有すべく、相楽がいつもの通りに口を開いた。


「おう、取り敢えず解析課と足並みを揃える事にした。で、今交換した情報を整理するかね。まあ、おじさんにはこのくらいしか出来ねぇし」


 機関側の認識としては、既に行方不明者が出ている。通報者が他でもない機関を頼って来たので捜索を開始した。

 一方、解析課は不自然な程急速に同じ典型的な怪談が広まったので取り締まる為に行動を開始している。意図的に噂を流し、更に意図的に相手を恐怖に陥れるようなギミックを使っているのであれば取締対象である。


 そして、起きた事件のおさらい。

 通報者である萩本冬也によると、行方不明になっている西條美弥子は駅で赤ちゃんの泣き声を聞いたとの事。なお、彼女自身は噂を知らず、冬也は泣き声を噂として知っていた。

 心配した美弥子が泣き声の聞こえるコインロッカーへ入って行ってから行方不明。最初は警察を頼っていたが、冬也だけは機関を頼ったとの事だ。


「――と、言う訳だ。おっさんとはしてはなあ、この美弥子ちゃんとやらは霊感があったらしいから。だから異界に引き摺りこまれたんじゃねぇかと思うわけよ」


 だが、と険しい顔の敷嶋が眉根を寄せる。


「泣き声そのものに関しては、一般人からも聞いたという証言が挙がってる。これ、ラジカセか何かで流してんじゃねぇのか。音を」


 現状としては混沌としていると言う他無い。ラジカセという事は同じ部分を何度も繰り返し再生しているという事になるし、それで騙される人は多くないだろう。


「では、これからどうしますか」


 物怖じの欠片も覗かせないトキが淡々と相楽に尋ねた。さっさと仕事を終えたい、という感情がハッキリと見えるかのようだ。

 苦笑した相楽は人差し指を立てた。何か考えがあるようだ。


「ま、まずは異界に入るしかねぇな。美弥子の失踪は噂の力で『本当』になった怪異の仕業くさい」

「では、私が行きましょうか?」

「や、トキよ、多分お前は無理だわ。南雲とミソギに行かせようと思ってる」

「えっ!?」


 南雲と悲鳴にも似た問いが被った。ごめんな、と謝りつつも相楽は申し訳無さそうに笑う。


「多分、恐怖をトリガーにしてると思うんだよな。で、この面子で赤ん坊の泣き声にビビリそうな霊感持ちってお前等しか居ないだろ」


 思わず南雲と顔を見合わせる。全員の顔色をそれとなく伺ったが、心霊的な事情に恐怖しているのは言うまでも無く自分と彼だけだった。みんな、心臓に毛が生え過ぎているのではないだろうか。もっと心に彩りを持った生活を心がけて欲しい。

 最後の砦、と敷嶋の方を伺うが彼は無情だった。


「怪異の事は俺等にはよく分からん。それで解決するなら、今回のミソギは機関預かりで構わねぇぞ。が、本当に失踪してもこっちでは責任取らないからな」


 世の中とは無情である。

 がっくりと項垂れつつも、他に適役も居ないし、力無く頷いた。隣で南雲が「マジかよ……」、と絶望しきった声を上げる。


「じゃ、準備が出来たらお前等は2人でコインロッカーの捜索な」


 相楽の死刑宣告がいやに響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る