08.301号室の雨宮さん

 ***


 車を飛ばして15分、ようやく霊障センターに到着した。センター裏に停めた車から素早く降り、正面玄関から中へ入る。三舟は先に撤退するとの事だった。

 完全にミソギの顔を覚えている事務のお姉さんに軽く会釈し、エレベーターに乗って3階へ。電話をくれた看護婦さんにお礼を言って、ようやく301号室に到着した。この間僅か5分だが、酷く長く感じたのは余談だ。


 カーテンが閉められている。ただし、病室の主であるその人は身を起こして外を見ているのがシルエットで判断出来た。恐る恐る声を掛ける。


「雨宮……?」


 シャッとカーテンが開け放たれる。


「やぁ、ミソギじゃないか!」


 快活とした笑み、女性にしては高い身長はしかし、ベッドに座っているが為に判別し辛い。およそ3年ぶり、友人にとってみれば一瞬の時間だったかもしれないがこちらは酷く久しぶりに彼女の声を聞いた。

 掛ける言葉が見つからない。しかし、不自然なくらいに心臓が早鐘を打っている。どうしよう、何を喋れば良いのだろうか。いつかの雨音が耳の奥で木霊している。


 どうしようも出来なくて茫然とその光景を見ていると、雨宮は可笑しそうに首を傾げ、黙り込んだミソギの代わりに言葉を紡ぐ。


「少し成長したかな? 私、3年もセンターに入院していたらしくてね。看護婦さんが君達を呼ぶって言うから、急いで身なりを整えたところなんだよ」

「うん、うん……。良かった、このまま目を醒まさないんじゃなかと思ってたよ」


 話すべき事、話したかった事、たくさんあったはずだが喉に支えて出て来ない。どのような話題も今はすべきでないと脳の冷静な部分がそう静かに告げている。

 込み上げて来るあらゆる感情を抑え込むように、胸を押さえて呼吸を整えた。


「ところでミソギ、私はこのベッドで目を醒ますまで、何だか夢を視ていたようなんだよ!」

「ゆ、夢?」


 今その話題? と思わなくもなかったが、かといって湿っぽい話をしたい訳でもないので曖昧な問いを返す。雨宮は満面の笑みでうんうん、と頷いた。この分だと悪夢の類では無さそうだが、彼女は恐ろしい話を笑顔で語れる強メンタル保持者なので分からない。


「そう、夢! 何故かミソギが出て来る夢だったよ。雨が降っていた、あの、そのぎ公園で。君と、怪異から逃げる夢だった」

「……え?」

「彼女、何て言ったかな。怪異の神様、私と似たような名前を付けられていたようだけれど、その彼女を引き留めた所で目が覚めたのさ!」

「……それは――」


 壮大な夢だね、と茶化す事など出来なかった。

 そんなはずは無いのだが、どことなくドッキングしている。アメノミヤを引き留めた、と聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは祠での出来事だ。


 一瞬逸れた意識を雨宮その人が引き戻す。


「もしかして、ミソギ、公園に居たのかな? だったら私は君に感謝するべきだね! あの恐がりの君が、私の事を救い出してくれるだなんて!」

「……いや、それは私じゃ無いんじゃ……」

「そうかな? 随分とリアルな夢だったし、何でも今日はみんな出払ってるらしいじゃないか!」


 芝居がかった言い草、それは彼女が除霊師になる前、高校時代に演劇部の部長を務めていたからだろう。

 ともあれ、彼女に感謝される謂われは無い。そもそも、現状を作り出したのはミソギ自身の裏切り行為である。よくもやってくれたな、と罵られる事こそあれど、感謝されるべきではない。

 そんな心中を知る由も無い雨宮は話を続ける。


「本当にそのぎ公園へ行っていないの? 君は私の事に気付いていないようだったけれど、私はずーっと君の後を着いて行っていたのに! 何だかミソギには似付かわしくない、危ない事をしている雰囲気が心配で心配で」

「ねえ、ちょっと!」

「……?」


 思いの外大きな声だったからだろうか、雨宮は目を丸くした。それには構わず訊ねる。これは看過出来ない。間違い無く彼女は『居た』のだ。あの場に。

 そういえば、祠の辺りで三舟が視線を感じると言っていたような気がする。


「私、一人だった?」

「一人だったよ? でも、たまに宙に向かって話し掛けていたね。トキ達と一緒だったのかな? それとも、怪異を見て絶叫? ふふ、後者の方が君らしいね」


 あの場に雨宮が『居た』のだと仮定して。

 想像しうる仮説が一つだけ立つ。

 即ち――三舟が用意したものとはいえ、キーアイテムだった祈祷済みの斧。あれを持っていたのは、自分独りだけだった。三舟は長時間自分と接していたし、十束とも一緒になった。それを認識出来ていないという事は、他者と自分に分かり易い違いがあるからだ。


「ミソギ? それでね、私は君の事が本当に心配で心配で。途中、スマホを勝手に触っちゃったんだ。ごめんね、確か勝手にスマホ触られるの嫌いだっただろう?」

「……スマホ」

「そうそう。一人でそのぎ公園なんて歩いていたら危ないと思って、相楽さんに助けを――」


 そうだ、スマホの救援依頼の事件もあった。それどころじゃなかったのでさらっと流したが、あの不自然な救援依頼は雨宮が即席で作ったルームだったのではないだろうか。

 色々とあり過ぎて受け流されがちだったが、解決していない、様々な事象がある。不可解な出来事は全て彼女の仕業だったのだろうか。

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