03.水瓶の中の彼女達

「見つけた……」


 程なくして水瓶を発見した。ここまで来れば手慣れたもので、ミソギは斧を叩き付けて瓶を粉砕する。水瓶だけではなく肉を引き裂くような感触に怖気を覚えたのも束の間、水瓶からぐちゃぐちゃになった肉片のようなものが溢れだす。

 込み上げて来る吐き気を押さえ着けながら、錯覚だ錯覚だと思い直した。そう、これは錯覚。土着信仰なぞと言っても云百年前の話。今更、この水瓶に血肉などという水分が残っているはずもない。人体が当然の如く白骨化しているような歳月が経っているのだから。


「うぅうぅぅぅぅぁぁあぁぁぁぁぁ……」


 悶え苦しむような声にハッとして我に返る。声がした方を見れば、水瓶の主だったのだろうか。3体いるコモンズの内1体がドロドロに溶け出していた。その1体に追従していた怪異もまた、所在なさげにゆらゆらと揺れている。


 それを見ても、最早恐怖は湧き上がって来なかった。ただただ、哀れに思う気持ちだけが募っていく。

 彼女等はかつて、土着信仰がまだ信じられていた頃に雨降の神である『アメノミヤ』に捧げられていた生贄である。つまりは人柱。

 三舟に提示された資料によると、「彼女等は自ら人柱となった」とあるがそれは恐らく誇張された宗教史の犠牲に過ぎない。その怨嗟の正体こそ、きっと恐らく彼女等なのだ。


 怪異は時として雄弁に当時の人々の心情を語るが、目の前で繰り広げられるそれはまさにその事例そのものだった。

 彼女等は、決して自ら望んで人柱にされた訳ではないのだ。


『もしもし。その場から動いてくれないかね。次だ』


 持っていたスマホから三舟の声が響く。目の前の怪異達は追って来る気配など無いものの、どこに他の怪異が潜んでいるか分からない。ミソギは三舟老人の指示通りに踵を返した。

 一瞬だけ水瓶を振り返る。そこには、埃っぽい雨に濡れた水瓶の残骸があるのみだ。


 コモンズと水瓶の関係性は簡単だ。彼女等は雨乞いの儀式、その生贄としてアメノミヤに捧げられる際、生きたまま例の水瓶に詰められる。両手両足を縛られ、決して途中で逃げ出せないようにだ。

 そしてそのまま水瓶は、生きたまま川へと流される。

 岸辺へ流れ着いた水瓶は中身を改められること無く、斧で真っ二つに割られるのだ。当然、その斧は祈祷を捧げ神への祈りが込められた神具である。


 その伝承になぞらえ、拵えられたこの斧もまた相応の祈祷を捧げられた形だけの神具だ。形質が斧でなければ効果はないので、三舟が昨日1日で用意してくれた。というか、恐らくずっと前から斧を作ってはいたのだと思う。


『ミソギ、そこの木の裏が最後の水瓶の所在だ』

「了解」


 斧は重くて片手では振り上げられないので、スマホをポケットに滑り込ませる。三舟の言った通り、木の裏にはともすれば見逃してしまう茶色の水瓶が中程まで地面に埋まっていた。


「よし、みっけ!」


 最後の1つ、水瓶を粉砕する。やはりこれがコモンズ達の本体なのだろう。澱んでいた空気が僅かながら清浄なそれへと戻った気さえする。気のせいと言ってしまえばそれまでだが。

 残りは神の為の、神の器。

 アメノミヤ奇譚とはよく言ったものだ。名付けたのは組合長達の内の誰かだそうだが、雨宮から取ったネーミングにしては的を射すぎている気もする。


「三舟さん、最後の水瓶を破壊しました」

『では、最後だ。祠へ向かって貰おうか。私は車を回してくる。スマホへ地図を送るから、ツメを見ながら自分で移動しなさい』

「車?」

『……私達が乗ってきた車だ。そのぎ公園に自動車が停まっていたと噂になるのは不本意だったのでね。人を雇って移動させておいた』

「意外とお金掛かってて驚きなんですけど」

『まあ、何かあったのなら連絡したまえ。死なれては面倒だ』

「はいはい、了解しましたっと」


 三舟が離脱すると言うので通話を終了する。程なくして彼の言った通り、地図と現在地、そして地図上に祠を示すピンが到着した。これはいったい何のアプリなのだろうか。謎である。

 位置情報を現在地に合わせる。GPS、とでも言うのだろうか。確かにこれでは位置情報を調べられれば一発で周囲に所在がバレてしまいかねない。急いだ方が良いだろう。


 ***


「で、またこの面子っすか? まあ、先輩いるから俺は構わねぇっすけど」


 南雲はどことなくウンザリとそう呟いた。先程、別れて探索していたトキと相楽、そしてそこに蛍火が加わっている。

 ちなみに、鵜久森は十束達に着いて行った。ミコが心配だったらしい。


「悪いね、南雲くん。とはいえ、僕も君の事はよく知らないんだよ。ミソギちゃんから話を聞く限り頭の悪そうな喋り方をするわんこチキンって事くらいしか」

「俺ってそんな風に言われてんの!? あんたの事はどうだっていいんすけど、ミソギ先輩にそう思われてんのはショックだわ!!」

「いやいや。もっとマイルドに話してくれるよ。明るくて良い子だってね」

「じゃあ何でさっきは悪意のある言い方したんだよ! こわっ! この人こっわ!!」


 くすくす、と蛍火は含んだ笑い声を漏らす。これは悪意がある、と言うよりからかって愉しんでいる人間の態度だ。人を苛めるのが好きな、典型的な加虐体質。こんなのが種類は違うとは言え病院勤務とは。恐ろしい世の中になったものだ。

 名誉毀損で訴えたいレベルの暴言を吐かれた訳だが、やはりトキの対応は冷静だった。


「うるさいぞ南雲」

「うるさい!? こんなん、騒ぐに決まってるでしょ!」

「お前はアレだ、全体的に動きと声が煩い」

「動きって何!?」

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