09.もう一人の行方不明者

「誰かいるな」


 ハッとして我に返る。不穏な言葉を発したのは言うまでもなく三舟だ。傘を持っているのとは反対の手にスマホを持っている。しかし彼、実に文明の利器が似合わない老人だ。


「何がいるんですか?」

「君のお仲間だな。アプリが名前分けされていて実に見やすい」

「ええー……。何で私がここにいるってバレたんだろう」

「そういう訳では無さそうだぞ。君はスマホのバッテリーを抜いているのだから、電波で特定される事は無い。別の誰かを捜しに来ているようだ」

「別の誰か? 間が悪いですね、何で今?」

「偶然か必然か。誰かの差し金であるのなら、身の振り方を考える必要がありそうだ。そうだろう?」


 三舟がやらかした事ではないらしい。では一体、誰がこのそのぎ公園に迷い込んだと言うのだろうか。言うまでも無く、公園を勝手に彷徨いている事は誰にも知られたくないので救援ルームなんて立ち上げていない。

 そうこうしているうちに、傘を畳んだ三舟がふらりと道を逸れた。後に続こうとするとそれを制される。


「この辺りを機関の連中が探っているな。一度私とは別れよう。君は見つかろうがどうとでもなるが、私が彼等に見咎められるのは面倒だ」

「え、ちょ――」


「ミソギ!」


 ぎょっとして動きを止める。聞き覚えはあるものの、あまり会いたくない者の声。恐る恐る振り返ってみると、割と大所帯だった。

 十束、ミコ、あと1人。この男は誰だ。

 というか、誰かに見つかった時の言い訳なんて考えていなかった。このままではボロが出て望まない事態に陥りそう。


 そんなこちらの心中など知る由も無い十束が感激したように、いつも通り元気よく話し掛けてくる。


「ミソギ、どうしてここに!? トキがお前の事をずっと捜していたぞ、ちゃんと連絡を取ればよかったじゃないか!」

「…………」

「休みボケか? 今日から仕事だぞ! 無断欠勤はよく無いだろう」

「………………」


 ――ま、まずい。滅茶苦茶話し掛けてくるじゃん!

 ただし、不穏な空気を感じ取ってはいるのか当たり障りの無い話題を攻めてくる。口を開けば余計な事を言ってしまいそうで恐い。


 怪訝そうな顔で様子を伺っていたミコが「あ!」、と手を打った。そして名前の知らない同僚らしき男を指し示す。


「十束さんっ! きっと、ミソギさんは氷雨さんの事を気にしているんですよっ! 紹介しないと!」

「成る程それだ! ミソギ、彼は氷雨。何でも他組合から異動して来たらしいんだ。よろしくしてやってくれ! 氷雨、彼女はミソギ。うちのエースだぞ!」


 ああ、と魂の抜けたような返事をする氷雨。大丈夫だろうか、この人。霊に取り憑かれている相談者くらいのテンションしかない。この雨と相俟って非常に不気味というか、彼自身が怪異に見える。

 氷雨の紹介で一瞬だけ逸れた話が再び戻ってきた。再び気まずい問答が始まる。


「それでミソギ、何で公園にいたんだ? 雨も降っているし危ないぞ」

「分からない」


 知らないフリを貫こう。そう決意して短く応じる。目を丸くした十束が、今度はミソギの手元を見てギョッとした顔をした。


「斧!? そんな物、どこから持って来たんだ?」

「知らない」

「そ、そうか……え。何かに憑かれてる、のか?」


 ――それだ! このまま何かに取り憑かれたフリをしよう!

 南雲と初めて出会った七不思議の事件を思い出したが、そうも言っていられない。まさかこの場所で無理矢理拘束される事も無いだろうし、頃合いを見て逃げ出すのが一番だ。


 すでに十束は取り憑かれていると勘繰っているのか、ミコをそっと後ろに提げた。こちらは斧という凶器も持っているし、身体能力の低い彼女を庇っている事は明白だ。

 とはいえ、ミコは巫女。彼女を騙し通す事は可能なのだろうか。すでに違和感を覚えているかもしれない。


 そもそも、彼等は本当に3人だけで来たのか。氷雨の事は知らないが、ミコをこの危険な場へ連れて来る事は実質不可能。何故なら、彼女は未来予知という類い希なる才能のせいで『本部』の所有物となっているからだ。

 少なくとも相楽の同意を得られなければ、この地へ赴く事は不可能だろう。


「どうしますか、十束さん……」

「う~ん、取り敢えずトキに連絡するか。ミソギをえらい捜していたからなあ」


 ――いやこれ、結構な大人数で来てる説あるわ。

 二手に別れていたのか。否、二手とかいうレベルではなく大捜索隊が組まれているのかもしれない。三舟は大丈夫だろうか。

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