05.南雲カウンセラー

 鋭い視線に射貫かれて、一瞬だけ息が止まる。

 怒気を孕んでいる訳では無いが、適当な事を言えば赦さないという気概も感じられた。しなやかな猛獣に狙われる小動物の気分を味わいながらも、その視線を見返す。


「――なら、お前はこういう場合どうする」

「俺? 俺は、そっすね。まずは慰めて励まします」

「甘やかすのか」

「そ、そっすよ。というか、甘やかすって人聞きが悪いじゃないすか。寄り添うって言って欲しいっす! 傷ついてる人間は癒しを求めてるものなんですよ」

「……そうか。そういうものか」


 ――態度を改善する気があるのか?

 素直に頷いたのを見て、慌てて止めに入る。


「あ! でも、先輩がそういった態度を取るのが嫌だと感じるのなら、無理にそうする必要があるとは思わないっす」

「ハァ? お前がそうしろと言っただろうが。というか、お前はどちらの味方なんだ」

「俺は先輩方が仲良くしてくれればそれが一番ですけどね。だってほら、トキ先輩がそういう態度を取るのが嫌で嫌で仕方ないなら、しない方がいいでしょ。ミソギ先輩的にはその方がいいかもしれないけど、それでアンタがストレスに感じるなら本末転倒じゃないすか」


 黙り込んだのを見てもう一度考察する。

 犠牲者は共通の友人。であれば、少なからずトキもまたいつものペースを崩しているのではないだろうか。そうであれば、目に見えて気を落としているミソギより厄介だ。大抵の他人は落ち込んでいる人間に塩を塗り込むような暴言を吐かないが、平気そうに見える人間に対しては通常時のように振る舞ってしまう事がある。


「俺、先輩達と今日初めて会ったんで断言は出来ませんけど――その犠牲者さん? は、共通の友達だったんでしょ。トキ先輩って普段はもう少しマイルドな性格なんじゃないすか? 先輩自身は気付いていないけど、実は調子を崩してるとか。狂人は自分が狂人である事に気付かないらしいっすよ。少し立ち止まって、考える時間とか必要だと思うんすよね。俺」

「お前、人付き合いが得意なのか?」

「得意っすね。だってほら、人と話すの、楽しいじゃないですか。先輩達、あんまり喋らないみたいだし毎晩の仕事のお供に俺なんかどうっすか? 誰も喋らなくたって、延々とラジオみたいに言葉を紡ぎ出してみせますよ!」


 どうすか、とどさくさに紛れで自らの売り込みをする。両手を広げて盛大に自分自身をアピールしていると、こちらを振り返ったトキが薄く笑みを浮かべた。


「――そうか。頼りにしている」

「……えっ? えっ、マジで!? その言葉、嘘とかじゃないっすよね!? ね?」

「煩い!」

「へーい、すんません。いやあ、マジで次から俺の事も呼んで下さいよ! 一人で夜に仕事とか、寂しくて寂しくて!」

「その様子を見ていると、今まで仕事が出来ていたのがむしろ不思議になってくるな」

「アプリの愉快な仲間達がいますから――って、そういえばアプリどーなったんだろ」

「相楽さんからアプリを通して連絡が来ているかもしれない。早く確認しろ」

「了解っと!」


 スマホを取り出してアプリを起動。結構時間が経ったような気がするし、実際に吹き出しは流れに流れて遡る事も難しくなっていた。誰もルームに入って会話していなかったせいか、学校組が死んだと大騒ぎしている吹き出しもある。

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化したルーム内に震える指で生存報告を打ち込んだ。ついでに他の面子とはぐれた事も述べる。


 流れて行く吹き出しの中に、名前が踊った。


『相楽:やっと浮上したか。あーっと、お前は最初にルームを立ち上げた新人の赤札か?』


 ――相楽さんだ!

 名前を見た南雲は禄に文章も読まず、シャッターがあった部分を越えて本棟へ足を踏み入れていたトキに声を掛ける。


「さ、相楽さんと連絡付いたっぽいっす!」

「何て言ってる?」

「えーっと……あ、何かこれ俺宛に聞いてんのかな。答えます」


『赤札:はい! 俺がルーム立てました!』

『相楽:了解。何か俺のスマホから連絡来たって? ちょっと今、ショップでスマホを見て貰って来たんだが、異常はねぇな。霊障の類かもしれん』

『赤札:はあ……?』

『相楽:まあ、小難しい話は後にしような。現状を詳細に打ち込んでくれ。あ、でも、何かマズイ事態に陥ってるのなら先にそっちを処理していいぞ』

『赤札:ちょっと、先輩と相談して書くんで待ってて下さい』

『相楽:一人じゃねえんだな』


 相楽とのやり取りをトキに伝える。ついでに現状報告の指南を受けつつ、相楽の望む現状報告を打ち込んだ。まるで何かの報告書のように堅苦しい文、そしてそこはかとなく漂う「これは俺の文じゃねぇな……」感。しかし、流石はトキが指示しただけあって現状は伝わりやすく書かれている――ようにも見える。


「先輩、これ、確実に俺が書いた文じゃなくないっすか?」

「だろうな。だが、見やすければ何でも良い」

「ま、まあ正論なんすけどね……」


 白札達の困惑がアプリ内で狂喜乱舞している。「どうしたよこれ……」から始まり、「ビビリ霊とかに取り憑かれてんじゃね?」などと言いたい放題だ。

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