3話 十三階段

01.南雲の特技

「さて、じゃあ次はどこへ行こうか。ああそうだ、ボクは今加わったばかりだから分からないけれど進捗はどのくらいかな?」


 まともな紫門の疑問に対し、アカリが応じる。流石は元々通っていた学校というだけあって、自分達以上に七不思議との関わりについては考えて動いているようだ。


「今は、『飛ぶ生首』と『勝手に鳴るピアノ』まで巡って、次は十三階段に行こうと思ってるかな」

「今2つ? 思っていたより進んでいるね。七不思議だから後5つか。時間は4時44分って事になってるけど、陽が昇るまでには終わらせたいものだよ」


 恐る恐るスマホで時間を確認したミソギが顔を青ざめさせながらも呟く。


「え、紫門さん、今が5時前って事で話を進めるんですか?」

「いいや? ボクがここへ来てから気持ち1時間程度しか経っていないからね。午前12時くらいを想定しているよ。この時計、明らかに合っていないし」

「そうですよね……。ハァ、この時計が同じ時間を指し続ける現象は七不思議とは別の何かが関わっているんですかね。憂鬱になってきます」

「そうかい、可哀相に。鬱屈とした気分に陥った時には大声を出すと良いよ。ほら、ボクに向かって叫ぶんだ! この豚野郎ってねっ!!」


 死んだ魚のような目で紫門を一瞥したミソギが盛大な溜息を吐く。そのまま口を閉ざしてしまった。

 ミソギと交代するようにトキがアカリに言う。


「おい、十三階段とやらに案内しろ。それはどこにある?」

「別棟の西側の階段だよ」

「それは私達が上って来た階段ではないか?」

「うん! 音楽室の事で頭がいっぱいかなって思って、言わないでおいた! 大丈夫、段数を数えなければ何も起きないと思うし」


 ――段数を数えなければ……?

 不穏な言葉に南雲は身を固くする。


「えーっと、アカリちゃん。それってつまり、七不思議に遭遇する為にわざわざ俺等が段数を数えなきゃならないって事?」

「うん。えーっとね、十三階段は2階から1階へ下りる階段が、13段あったら13時間後に死んじゃうって話だったかな。でも、13って数字はあまりよく無いらしいから、工事する段階で階段って13段にならないように設計されてるんだって」

「じゃあつまり、13段あるって事はおかしいって事?」

「そうそう。だから、13段あったら死んじゃうの」


 そういう話なら聞いた事がある、とトキが顎に手を当てて頻りに頷く。紫門もまた、怪しげな笑い声を漏らした。


「13段は処刑台を上る時の段数だ。縁起が悪いと言われる由縁だな。確かに設計の段階で段数を増やすなり減らすなりして、13段にならないように調整されるとは言うぞ」

「ふふ、ならそれはきっと、『絶対に』段数は13段ではないって事だよね。いいなぁ、ゾクゾクしてしまうよ……っ!」


 ――何だかこの人等、えらいやる気だな。

 階段の段数を数える役目は上手い事任せてしまおう。チラ、と南雲はミソギを見やる。彼女は引き攣った顔、虚ろな目をしていた。彼女の場合、無理矢理段数を数える役目を負わせるとうっかり階段から足でも踏み外しそうな勢いだ。


 そんなミソギに誰一人触れること無く移動を開始する。現在2階にいるので、1階に下りるついでに七不思議巡りをする事になるだろう。


「先輩、気分悪そうですし、俺等だけ東階段から下りて良いか確認取りましょうか?」

「南雲くん……。君、すっごく空気読める子なんだね」

「そっすよ! もっともーっと俺の事誉めてくださいね!」


 おい、と前を歩いていたトキが鬼の形相で振り返る。


「煩いぞ南雲! 騒ぐな!」

「サーセン。あ、俺等、東階段から下りていい? アンタ等2人いれば階段くらい余裕っしょ」

「何故だ」

「いや、何でって……。俺等、見ての通りビビリだし。階段から落ちたらどーするんすか!」


 そう軽く言ったつもりだった。特に深い意味はなく、強いて言うのならば十三階段を上手い事スルーしたいだけ。

 しかし、今の発言に何かトキ的地雷原でもあったのか、最初から怖かった形相が更に強張るのを見た。マジでキレる5秒前くらいの空気だろうか。流石に驚いた様子の紫門まで足を止める。


「貴様……出会った時から馬鹿な鳥頭だと思っていたが、想像以上だったな。ミソギにお前の面倒を見る余裕は無い、逆も然りだ。貴様等を2人きりで行動させるには荷が重い、まだ何か、言う事があるか……?」


 怒りが一周回って静かになったような、氷の中でぐつぐつと煮えたぎるマグマのような、そんな感情の発露に思わず息を止める。しかし、怒りの中に僅かな焦りの感情を見たような気がして、南雲は瞬時に冷静さを取り戻した。


 幽霊は怖い、怪異も怖いが、そんな自分にだって特技がある。

 コミュニケーション能力。

 この一点においては胸を張って誇る事の出来る長所だ。今までたくさんの友人達の間を取り持ち、喧嘩を仲裁し、ある時には相談に乗ってきた。


 だからこそ分かる事がある。すぐに怒り、苛立ち、暴言を吐くタイプのトキは感情が分かり易く外向きだ。嫌な事は顔や口にすぐに出る。この手のタイプは実は実直で、嘘が苦手で、裏を返せば懐いてしまいさえすればとても付き合いやすい。

 苛立っているのには、怒っているのには、必ず理由がある。


「おい、聞いているのか? 不満があるのなら今のうちに言っておけよ」

「え? あ、ああ……えーっと、何を言おうとしてたんだっけ」

「ハァ?」


 もういいよ、と吐き捨てるようにミソギがそう言った。


「階段に行くんでしょ、早く行こう。トキ、あんまり南雲くん苛めないでよね、私達の後輩なんだから」


 ――あれ、何か……。

 途端、生じた違和感に首を捻る。しかし、話は終了したのか皆が移動を始めたので、覚えた違和感については今は忘れざるを得なかった。

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