07.公園の警備員さん

 ――『そのぎ公園』。

 その場所の名前を聞くだけで思い出す光景がある。


 降りしきる雨、水滴で忙しく水紋を広げる池、雑草の青青とした臭い。生々しい水の気配と疲れ切って上気した頬。静寂に似付かわしくない自分達の足音。音も無く現れる――


「ミソギ先輩? どうしたんすか、ボーッとして。あ! 俺ばっかり菓子食ってたから、ちょっとおこ!? でも俺、今日朝からなーんにも食べてないんすよぅ! 許して!!」

「……いや。クッキー食べてる時に息を吸い込んだら、クッキーの粉が喉に付いた」

「苦しそう!! 水、水! ウォーターサーバー!!」

「あ、ありがとう……」


 適当な事を言って誤魔化したら、真に受けた南雲がわざわざ紙コップに水を入れてくれた。申し訳無い気分に陥りながらも、引き攣った笑みを浮かべる。


 もう、とミコが可愛らしく憤慨したような声を上げる。


「私の話、ちゃんと聞いてくださいっ!」

「あ、あの話まだ続きあったの? ごめんね、話の腰を折っちゃって」

「いえ、別に話す事はありませんっ!」

「えぇ……?」


 これからについてだが、と相楽が強制的に脱線した話の路線を戻す。


「ミコちゃん情報によると階段を抜ければそのまま館だ。ノンストップな。待ち受け型の怪異は大勢で相手取りたくなかったが、館の方は何かしら手掛かりを得る為に手分けしなきゃならん。全員で行くぞ」

「了解!」

「鵜久森、お前今日は車か? 何人か乗せてやってくれ」

「分かりました」


 ***


 久しぶりに訪れた『そのぎ公園』は傍から見ても分かる程に黄色のテープが貼られ、立ち入りを禁じられていた。ちらほらと警備員の姿も見える。そんな中、突如車から現れた団体を見つけた警備員2人が慌てたように駆け寄って来た。


「どうされました? ここは立ち入り禁止で――って、機関の方々でしたか。失礼しました」

「おーう、そちらさんもお疲れ」


 警備員は降りて来た団体の提げている機関印のプレートを見るや否や、注意してやろうという気概が消え失せたようだった。

 車のエンジンを切り、降りて来た相楽もまた警備員に軽く会釈をする。再び警備員が口を開いた。


「中に入られますか?」

「いんや、公園じゃなくて脇にある石段の方に用事があんだよ」

「ああ、そうでしたか! テープが貼ってあるので、気をつけて入って下さいね」


 この場で何が起こったのか、恐らくこの警備員達はよく知らない。

 あんまりにもすんなり、機関の除霊師というただそれだけの理由で通されたあたり、やはり彼等はこちら側に精通する人間では無いのだ。それもそうだろう、場所が場所ではあるが、やはり彼等の相手すべき存在は肝試しなぞと馬鹿な事を目論む人間なのだろうから。


 周囲を見回してみる。ここに警備員は2人いたが、少し離れた所にも2人組の警備員が立っている。2人一組らしい。そういう所はしっかりしているようだ。


「ミソギ? キョロキョロしてどうした?」

「あ、姐さん。いや、物々しい雰囲気だなあと思って。これって公園なんですよ? 信じられませんよね」

「全くだ。しかし、ここは我々の支部にとっても鬼門。どうにか対策を立てる他無いだろうな。焦ってもどうにもならない事だし」

「そうですよね。早く解決すると良いんですけど。けれど――ここ、機関員なら簡単に入れちゃいそうで少し心配になってきます」

「本当にね」


 行くぞ、と相楽に声を掛けられたのでのろのろと足を動かし、着流し姿の背を追う。そんな組合長殿は上品な角張った風呂敷を手に持っていた。あれは間違い無く怪異達の落とし物を入れた箱を包んであるのだろう。

 一方で、階段にお供えするそれはミコが持っていた。少し大きめの篭なので、彼女は両手でソレを持っている。


 ――不意に、ミコと目が合った。

 相楽の隣を歩いていた彼女が減速し、自分達の隣に並ぶ。


「私、この間ミソギさん達と一緒に仕事行って以来、久々のお仕事なんですよっ!」

「そうなのか? 青札は下手に希少価値が高いからな。本当にマズイ怪異としか対峙しないと思っていたよ」

「そんな事無いですよぅ。私、まだまだ若輩者ですからねっ! 蛍火さんくらいの百戦錬磨になれば、危険な怪異の時にしか呼ばれなくなっちゃうと思いますけど」


 言いながら、ミコがぐっと近付いて来た。少し歩きづらいくらいにだ。


「ど、どうしたの?」

「大丈夫ですよっ! あの日みたいに、私がちゃーんと着いていますからね!」

「……?」


 お供え物を思い切り渡された。何となく雰囲気に押し切られて、荷物を手にとってしまう。重かったのだろうか。


「ケッキョク、供花の館って取り壊されてるって話で落ち着いたじゃん? じゃあ、俺達が向かう供花の館って何なんすかね?」


 不意に南雲がトキにそう訊ねた。横を向いたトキの表情は引き攣る――というか、怒りのような感情さえ見え隠れしている。


「馬鹿、何度も説明しただろうがッ! 『キョウカさん』が創り出した異界に、階段を通して入ると!!」

「あー、ああ! そーいう!? 俺、全然理解出来てなくて、メッチャ焦ってたんすよね」

「分からないのなら、その場で聞け!!」

「うーす、すんませーん。つか、異界とか除霊師の天敵じゃねっすか。アレっすね、トキ先輩風に言うと愚行ってヤツ!!」

「……お前と話をしていると、インコに言葉を教えている気分になってくるな」

「し、失礼な! インコってバードじゃん! 流石に単語の意味くらい分かって使ってますってば!!」


 ――元気だなあ……。

 南雲は確か朝食を抜いたと言っていたが、あの底無しの元気はどこから算出されているのだろうか。まさか、ゼロから1を生み出す錬金術師の類なのだろうか。謎である。

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