08.2日目組、出動

 ***


「――と、言うわけなんだ。2つめの計画に移ろうと思う」


 昨日の出来事を話し終えた十束は昨日より濃くなった隈を隠しもせず、疲れたように笑った。


「分かった。私も少し休んだ事だし、手を貸す」

「鵜久森姐さんがそう言うのなら……」


 午後10時半、十束その人のお家にて。

 昨日、『質問おばさん』の討伐に不参加だったミソギと鵜久森、そして元凶である十束は顔を付き合わせて今日の予定を話し合っていた。


「12時まで少し時間があるな。一応訊くが、今日はどうするつもりだ?」

「今日はだな、怪異の質問に答えた上で、ドアを自分から開けようと思う」

「そう言っていたな、そういえば。ドアを開けるのはミソギにやらせて、返事はお前がした方が良いんじゃないのか。十束」

「わっ、私がドアを開けるんですか!?」


 冗談ではない。それ即ち、外にいるかもしれない怪異の一番近くだ。答えなければならない十束は仕方ないとして、てっきり年の功で鵜久森が開けてくれるものだと思っていた。


「お前がやらないと……。いや、霊符を貼り着ける役目の方が良いのなら私と変わる? 十束は怪異に近付ける訳にはいかないし」

「ミソギ、お前は返事してはいけないんだから、叫んだりしないでくれよ! 口封じ用クッションならそこにあるからな!」

「え、でもそれ南雲が使用済みなんでしょ?」


 ――しかし、思いの外面倒な事になってしまった。

 そんなに人手は要らないだろ、と高をくくっていたがそれは的外れな見解だったらしい。人数はぴったり、しかもドアを開ける大役を担ったとして、タイミングが欠片でもズレれば十束が死ぬ。


「わ、私がドアを開け損ねたら漏れなく十束死んじゃうけど、それでもいいの?」

「大丈夫だ! 何だかんだ言っても、最終的にお前はきちんと役目を果たすはずだ! だから俺は全然不安に思ってなんかないぞ!」

「嫌なプレッシャー掛けてくるなあ……。でもまあ、頑張るよ。絶叫出来ない私なんて、部屋の隅に溜まった綿埃より使えないしね……」

「ははは! そう卑屈になるな!」


 盛大な溜息を吐いて、緊張を紛らわす為にスマホを取り出し、アプリを開いた。明るい画面と人が大勢話し合っているような空気が、一瞬とは言え張り詰めた空気を忘れさせてくれる。

 何か進展は無いだろうかと、『三怪異』のルームを開いてみた。

 相楽が考察の場として作ったそのルームでは、かなりアクティブに意見が飛び交っている。赤札がいないようなので、白札が雑談に使っているのは明白だった。


 その中の一つ、見慣れない怪談の話題が流れて来て目に留まった。


『白札:『天国への階段』、上がってるのは何なの?』

『白札:今来たのかよ。ログ読んで来い、とは言いたいけど赤札が誰もいないから俺が説明してやる。行方不明者が出てる階段の怪談だ』

『白札:それ、三怪異と関係ある?』

『白札:だから、今それを調べてるつってるべ』


 新しい怪異の情報が浮上している。最初にこの話題を持ち込んだのは誰なのだろうか。遡って読む程暇では無いので、流れて行く吹き出しに自分の吹き出しを差し込む。


『赤札:その怪談と三怪異、どのへんに関連性があるのか訊いてもいいですか?』

『白札:あ』

『白札:赤札見てんじゃん。残りの『質問おばさん』は処理したん?』

『赤札:12時まで待機中です』

『白札:あー、そういう? ずっと質問おばさんのルーム主催してた赤札、大丈夫? 俺そっちの部屋も覗きに行ってたけど、もう4日くらい休まず働いてたし』


 大丈夫です、と打ち込んでからチラと十束の様子を伺う。顔色はお世辞にも良いとは言えず、普段の快活さは4割減。平気そうに振る舞ってはいるが、かなり疲れが溜まっている事が伺える。


「十束さあ」

「ん? どうした?」


 話し掛けただけであからさまに嬉しそうな顔をされた。それについ嫌そうな顔をしつつ、言葉を紡ぐ。


「何かあった時は、そんな死人みたいな顔色になる前に誰かに相談しなよ」

「なんだなんだ? 心配してくれているのか!?」

「いや……まあ、もう面倒だからそれでいいけど、そんな顔色で手伝ってってお願いされてもね……。何か私達が悪い事してる気分になるじゃん。気を遣うっていうかさあ……」

「うん?」

「……や、いいや。何でも無い」


 言葉を伝える難しさを痛感させられた。というか、途中で自分でも何が言いたかったのか分からなくなった。


「取り敢えず、南雲を見倣った方が良いよ、十束」

「アイツは良い奴だよな!」

「そういう事じゃ無いんだけどなあ」


 ちら、と時計を見る。11時58分だ。

 黙って会話に耳を傾けていた鵜久森がぐぐっと背伸びをし、十束の部屋の角に盛り塩を配置し始める。


「鵜久森さん? 何をしているんだ?」

「見て分からないのか。結界を張っている。まあ、恐らくこんな急場凌ぎのそれなんて突き破って来るだろうけれど、その過程で少しでも疲労させられるかもしれない。私はドアを開けてからが勝負だけど、ミソギは一番怪異に近いからな。出来る事はしておかないと、事故の元だ」

「う、うぐ姐さん……!」


 ふ、と僅かに唇を歪めて微笑んだ鵜久森に見惚れる。何て人だ、この場にいる誰よりも頼りになるし普通に優しい。

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