03.『不幸女』考察

 一方で、ミソギはすでに恐怖を通り越して嘔吐感すら覚えていた。犠牲者であるシズネやそれ以外の人物達。その事を想うと、とてもじゃないが鵜久森のように平然と構える事は出来ない。明日は我が身、次は自分の番かもしれない。


「暗い雰囲気にして悪かったな。さーて、お楽しみ考察タイムだ。いいか、ここちゃんと整理しとかねぇと、また犠牲者が増える事になる。お前等ちゃんとおじさんの話は聞いとけよ」


 先程までのシリアスな雰囲気から一変。そう言うと、相楽はソファに深く座り直して足を組んだ。ミソギはそんな上司に怪訝そうな目を向ける。


「相楽さん……」

「暗い顔すんなって。いいか、肩の力は抜け。俺が重々しく話したからって、引き摺られるな。犠牲者の数は『豚男』とそう変わらない。上手くやれば、ここで怪異を消滅させられる。じゃあ、話を戻そうか」


 ――そんな事言っても……。

 と、口に出して言ってしまいたかったが、他でもない12年も生きたベテランのお言葉だ。一先ず口を噤み、言われた通りに肩の力を抜いてみる。

 特に何も変わらないし、相変わらず恐怖という感情は胸の内に渦を巻いたままだった。やはり、人によって怪異の受け取り方はそれぞれである。いや、自分はその方が良いのかもしれない。


 私は、と鵜久森がいの一番に口を開いた。


「私は、あの怪異の弱点を交通事故であると断定します」

「そうか。それは俺も思ってたところだ。お前はシズネと異界に取り込まれていたが、その異界で車にゃ遭遇してねぇんだろ?」

「していませんね」

「だろうな。車はドライバーがいないと動かせない。それに、怪談からして不幸女の直接的な死因は恐らく車だ。20メートル引き摺られて建物に突っ込んだ時点で即死だろ。つまり、怪異は車を恐れている。直接的な死因をな」


 前回、南雲の持ち込み案件である『豚男』と違って話が進む進む。というか、これは最早何も知らない自分の為に開かれた確認作業だ。


「あと、一つ気になっている事があります。もしかすると、怪異は雨の日にしか現れない可能性もあるかと」

「そうだな。しかし、怪談のパターンによっては雨の描写が無いやつもある。そこは要検証ってとこか。あとは、犠牲者が全員女だな。これは偶然じゃ無さそうだ。まあ、怪異としては知らん他人を同じ目に遭わせるってのが狙いなのか……?」


 あとな、と相楽の視線が不意にミソギの方を向いた。その顔は険しい。


「豚男の時から言われてる、『キョウカさん』も気になってんだよな。ミソギ、『キョウカさん』についての情報を持って来たのはお前だが、その辺りはどう思う?」

「えーっと、どう思うって言われても。ただ、怪異が『キョウカさ~ん』って言ってただけで……」

「何だよ今の物真似。絶妙に気持ち悪かったな。じゃあ、ミソギ。お前はそれを聞いて、怪異が『キョウカさん』をどう思ってると思った?」


 『豚男』と対峙した時の事を思い出す。あの豚頭から紡がれる声音、そのほとんどが怯えや怒りの感情を孕む中、あの台詞だけは。


「そう、そうだ、『嬉しそう』だったと思います。具体的な例で言うと、南雲がトキの事を呼ぶみたいな感じ!」

「具体例のチョイスミスり過ぎじゃね? 俺の脳内で豚頭の巨漢が――いや、お前の理論でいうとそれで当たってるのか……。嬉しそう、嬉しそうね。あとな、豚男を消滅させた後に拾い物しただろ」


 白菊の事か。例の落とし物なら、一応支部の保管庫に入れている。勿論、お札とかが貼られたそれっぽい保管庫にだ。本来ならすぐに枯れてしまうであろう生花はしかし、今も凛然と咲き誇っているらしい。水も与えていないというのに。


「白菊でした。間違い無いです。保管庫に預けてます」

「分かった。俺の予想が正しければ、今日の怪異も落とし物をするだろうから拾って保管庫に入れとけ。怪異が何か落とすって事は、その怪異は完全に消滅してねぇって事だ。最悪、呪詛返しとか高等テクニックを仕掛けて来る可能性もあるからな」

「呪詛返し……」

「呪詛返しは気合いと根性じゃどうにもならんぞ。あれはルールに則って作動する、謂わば絶対法則だからな。発動させないのが一番だ」


 ――情報量が多すぎる。

 全てが繋がっているにしろ、『キョウカさん』は怪談の中にはいない。では結局、『キョウカさん』とは何者なのか。しかも人手は足りていない。赤札の人数はそう多くは無く、その赤札も一人で怪異に立ち向かえば返り討ちという現状は、どこまでも除霊師に不利だ。

 今からは鵜久森の身の安全を確保する為に『不幸女』を相手取って良い。だが、次は? 『質問おばさん』とやらも自分達が処理するのか? 呪詛返しがあるかもしれない、という仮想制限時間が設置されているのに?


「おーいおい、ミソギちゃん? あーあー、オッサンが悪かった。気の重くなる話したからな、ごめんて。とにかくな、『不幸女』を消滅させて、まずは無事に帰って来てくれや。『質問おばさん』の件は十束の奴に丸投げしてっから、まだ大丈夫だ」

「何か、余計不安になってきました……」

「そう言うと思って、トキも呼んでる。今回は3人で一組だ」


 そうは言われても、やはり不安なものは不安である。

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