04.南雲との約束
怪異の発生する理由の一つに人々の噂というものがある。
全くゼロから生み出される怪異もいれば、モデルになった人物から生まれる怪異もいる。どちらにせよ、新生代怪異という訳だ。人間の信じ込む力に肖って生まれた、人間の想像力の結晶。大御所なら誰もしも知っている「口裂け女」だとか、かなり前に流行した「きさらぎ駅」とか。これらのような、『誰でも知っている』という箔が付いた怪異は基本的に最早、人間の手では倒し得ない存在となっている。
怪異の存在が知られる前の世の中で発生した大御所達はもう、仕方ない。手の着けようが無い。
が、新世代怪異達は違う。彼等彼女等は人間を直接的に圧殺する事で箔を付け、そして手の施しようが無くなっていく。その前に除霊師としては手を打たなければならず、必然的に自分達のような赤札や青札は休む暇も無く救援に奔走しなければならないのだ。
憂鬱な気分に浸っていると、不意にスマホの画面が明るくなった。アプリからの通知だ。見知った名前、後輩の
『南雲:サーセン、明日で良いんですけどちょっと話聞いて貰えませんか? 聞きたいことあるんですけど』
ハンドルネームが表示されている。疲れた頭でその事実を解きほぐした。つまり、これはルームを作成した訳では無く個人的なグループを作成して送ってきている。恐らく、同じ画面がトキのスマホにも表示されている事だろう。
機関が作成したこの専用アプリ、身内間でしか使えないが大変な優れものだ。不特定多数に相談を流す時にはルームを。仲間内で話したい時はグループを。赤札の皆は救援依頼を探し当てる事が出来るし、白札はルーム作成で救援依頼を流す事が出来る。
「トキ、南雲が明日、話を聞いて欲しいって言ってるけど」
「ふん、巫女の予知通りだな。昼の間にしろ。日が落ちてからは忙しいぞ、どうせ」
「最近の怪異は夜に活動する訳じゃ無いけどね」
言いながらも眠い頭で文面を考える。
『ミソギ:昼なら多分大丈夫だけど、長い話なの? ここで書いても良いよ』
『南雲:今、ちょっと手が離せないんすよ。人捜してて。でも、もう見つかりそうにないって俺のシックスセンスがそう言ってるっす』
返信は早かったが、緊急事態に巻き込まれているようだ。いや、その局面はすでに乗り越えたのかもしれない。
「良く無い気配がしますねっ!」
特にこちらのやり取りを覗き込んだ訳でも無く、ミコがそう言った。運転席に座っていたトキが盛大に溜息を吐く。
「ミソギ、運転を交代しろ。道が分からん。カーナビは呪われているんだろう?」
「道は分かるけどさ、そのカーナビに近寄りたくないよ! しかも、運転下手クソだよ? 大丈夫? 地獄をドライブする事になりかねないけど」
「ハァ? お前、私と一緒に免許を取りに行っただろうが。同じ事を学んだはずだぞ」
「いやいやいや、運転の得意不得意は個人差があるでしょ」
免許を取ったのは半年前だ。機関から出された費用で取って来たが、そういえば案外トキは仮免許も本免許もさっさと取ってしまった印象がある。運転する姿も――姿だけならば、ベテランドライバーのようだ。勿論、初心者マークが外せないペーパードライバーだが。
などと言っている間に、深夜2時過ぎの誰も通っていない道端に車を駐めるトキ。本当に運転を交代する気のようだ。
「わぁっ、そういえばミソギさんが運転する車に乗るの、初めてですっ!」
「最初で最後にならなければいいね……」
「不吉っ! 私も後1年くらいしたら免許取りに行きますから、今はお願いしますっ!」
「来年まで私達が生きていればミコちゃんの車に乗れるのかあ」
「暗いっ! 元気出して行きましょう!?」
渋々、後部座席から運転席へ移動する。一方でトキは助手席に乗り込んだ。腕を組んで、完全に仮眠を取る気満々である。そのまま永眠する事になりかねないし、せめて起きていて欲しい。
「ちょっと、運転してる横で寝ないでよ!」
「良いから早くエンジンを掛けろ」
エンジンを掛ける。起動音と共に、僅かに車が振動した。しかし、何故だろう。アクセルを踏んでいるのに車が動かない――
「おい、おい貴様、それはブレーキだ」
「えっ? あ、ホントだ……アクセルこっちか」
「前を見ろ前をッ!!」
排気ガスを凄まじく排出する音と共に、車ががくんと前に進む。免許を取ってからこっち、全然車を運転していなかったので完全に運転の仕方を忘れているようだ。
「わあっ! 凄く危険! よく免許取れましたね、ミソギさん!」
「あ、ヤバイ。そういえば私、車庫入れ出来ないや。駐車出来ないじゃん。どうしよう」
「はぁ!? 駐車出来ない!? 本免許の試験はどうやって合格したんだ、お前は!!」
「ど、怒鳴らないでよ……。縦列駐車だったんだって。ポールが立ってるじゃん、ポールが」
この後、何故かスカスカの支部駐車場で駐車の練習をさせられ、与えられたアパートの一室へ戻る頃には陽が昇り始めていた。
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