箱庭の歌姫



ああこんなにも

毎日に慣れて

摩耗した肌では

削り取られることもない

歪な声が

ずっと囁いていた

あの日から考えれば

こんな場所

想像もできない


痛みというものが

見えなくなってくる

そこにあるはずなのに

時が過ぎても

消えてなくなるはずがないのに

そうだろう?


痛いんだろう?

苦しいんだろう?

哀しくて

やりきれなくて

死にたいと思うほどに

世界に縛り付けられて

行き場がなくて

深夜のラジオを聞いて

朝までの時間をやり過ごす

傷痕は腐り始め

痛覚が失われていって

幸せの意味はおろか

生きることの意味さえ掴めない

そんな箱庭に

きみがいる


 彼の家まで行く途中で頭がぐらつき、せめて意識は失うまいと、なんとか公園のベンチに逃げ延びて息をついた。

 幻聴が聞こえてくる。

 彼と私の仲が、そう長くないだろうと言っている。

 あとは、明日の株価の話。


こぼれおちて

欠落した耳朶

どうか返してよ

あの箱庭から聞こえる

澄んだ歌声が

聞こえなくなるよ


濁った網膜を

誰か取り替えて

彼女の傷が見えない

何よりも美しく

強く

神聖ささえ持ち合わせている傷痕が


きみの声が

だんだん遠くなる


 生きていたくないよ。

 寂しいよ。

 死にたいよ。

 私はどれだけの回数、そんなメールを送っただろう。

 とっくに捨てられていてもよかった。

 でもまだ電波は繋がっている。

 迎えに来て欲しいとメールを送った。

 すぐに返事が来た。

 もうすぐここに彼が来る。

 私は、どれだけのものを消耗させて生きていくのだろう。

 なぜ皆、それでも私が生きていくことを望むのだろう。

 ねえ、もう、

 罪を背負わせないでよ。

 返せないよ。

 幻聴より、

 生きていくことより、

 そのことが一番辛いよ。

 ここに彼が現れることが辛いよ。

 けれど彼は私の生存を望み、祝福するだろう。

 私はこれからも、世界を消耗させて生きていく。


他の誰かに特等席を譲るにしても

歌声は聞いていたいんだ

わがままだよ


僕を消耗してほしかった

せめて今、世界を消耗させて響く歌声を聞きたい

この苦しみを引き取ってくれた

この痛みを

きみが生存していく拠り所に変えてもらったんだ

特等席は譲るにしても

きみの歌声を聞いていたいよ

僕はとても

残酷だね


凍てつく風

僕はささやかに損耗しながら

冬の星座を見る

声が聞こえる

旋律が鳴る

幻かもしれない




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