イミテーション



物書きは押し並べて嘘つきである

これは真理であると言った方がよろしい

物書きという生き物が嘘つきになるのは逃れられぬこと

たとえ曇りなき真実を語っているのだとしても

それでも物書きは本質として嘘つきであるのだ


僕とてそれは例外ではなく

やはり嘘つきなのだろう

それが実際のところだとしても

僕は嘘つきなんかじゃないよと嘘をついていたい

かと言って、本当の真実を語りたいわけでもないんだよ


僕は偽物を創りたい


本物より美しいイミテーション

うっかり騙されれば落涙必至の偽物

至高の感情の昇華の贋作

うっかり騙されればちょっとばかり希望が湧く偽物


あるいは騙されなくてもいい

模造品であると知りながら満足する例だってあるじゃないか


そうそう起こりえない奇跡

あの時あの場所に置いてきてしまった哀感

現実と真実では届き得ないところまで積み上げたブロック

美しく心地いい不協和音

本物の模造品であればなしえること

そして決して嘘であってはならないこと

偽物です、という真実の作品であること


物書きは押し並べて嘘つきである

これは真理であると言った方がよろしい

物書きという生き物が嘘つきになるのは逃れられぬこと

僕は嘘つきなんかじゃないよと嘘をついていたい

あるいは

もしそれが本当に逃れ得ぬ定めであり、濁すこともできないのなら

僕は物書きをやめよう

ただ偽物をせっせと創る人になろう


僕はただ

丁寧にラッピングして全て明示したうえで

イミテーションをきみに届けたい

これは素敵な素敵なまがい物なんだ

本物の代わりと言ったら変だけど

本気で真剣に偽物をこしらえたんだ

だって本物は手に入らないから

高すぎるんじゃない

確かに僕の収入は心もとないけれど

そうじゃなくて

本物はどこにも売ってないんだ

ないんだよ

日本にもアメリカにもクイーンエリザベス諸島にも火星にもポラリスにも

どこにもないんだよ

けれどきみはきっと渇望していると思ったから

全て満たせるとはなかなか思えない

けれどたまには本物よりよっぽどいい出来だったりして

いつかそれを渡せる日が来るかもしれない

だから僕は今日も明日もせっせと模造品を創る

これでもちょっとばかりはうまくなったんだ


物書きは押し並べて嘘つきである

これは真理であると言った方がよろしい

もしそれが本当に逃れ得ぬ定めであり、濁すこともできないのなら

僕は物書きをやめよう


時刻は四時を過ぎていた。いい加減寝なければと思うのだけれど、どうにも布団に入りたくない。特に理由はない。強いて言うなら、美都帆みとほが言っていたことがしこりのようにまだ残っているからだろうか。

「さようならと大嫌いの回数と同じだけ大好きと言ったら、ほどなく地球は滅びると思うんです」根拠は提示されることはない。美都帆はいつもそうだ。思いつきで真理と摂理を創り出す。「大嫌いがあふれているうちは世界はエネルギッシュだと安心していられます」そりゃまた、どうして、と、珍しく合いの手を入れてしまったのは、不意の雨で帰れずにおり、静かな寂寞を持て余していたからだろう。「大嫌いはエネルギーです。大好きよりも質量が重いです。私たちは大嫌いの上に文明を作り上げ、大嫌いと罵り合いながら発展させ、大嫌いと思うことで人生の軸を倒れぬように支えています」一理あるような、妄言の暴言のような。「もし全てが大好きだと、博愛の極みの人がいたなら、何も成長できないでしょう」しかしお前、全ての人間が全てを嫌い始めたら、そもそも世の中が回らないだろう。「だから創るんですよ」何を。「大嫌いがたくさんあるにこしたことはないですが、標的は適切である必要がある。あまり現実に向けるとよろしくありません」だから、世の中が回らなくなると。「だから創るんですよ」何を。「杜丸とまるくんが、大勢の人に思いっきり嫌われるフェイクを」おいおい。「天文学的質量の大嫌いを受け止めるイミテーションを」勘弁してくれ。「杜丸くんならできますよ」過大評価。そもそもやりたくない。「杜丸くんなら、たぶん10年後、必至にそれを模索していると思いますよ」お前はいつから占い師になった?「年頃の女の子はみんな占い師なんです」とにかく、あえて嫌われたいとは思わない。「そうですね。今は」とは言え、本物を創りたいとも思わない。「私たちは神ではありませんが、あるいは一点において神を超えられるかもしれないのです」どうせ粗悪品ができるだけだろう。明日には捨てられる模造品だったとしてもそれでいいのか。「生きている一瞬だけを永遠と呼ぶのです」

もう少し起きていたい。目覚めたら壊れているがらくた、美都帆が僕にくれた、僕らの真理のイミテーションを抱えたまま。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る