閻魔大王の良心
汐月夜空
第1話 僕は地獄の弁護人
「弁護人、何か言うことはあるか?」
中学三年生の僕と同じような体格ながら、その雰囲気に十分な貫録を持つ閻魔大王がぎょろりとした目を僕に向けて行った。
「何も、ございません。この男にはその判決がお似合いでしょう。閻魔大王様」
僕は言いたいことのすべてを飲み込んで、ただ一つ、確実に目の前の男の罪を裁く言葉を口にした。その言葉に男は証言台に倒れ伏して泣き叫ぶ。
「嫌だ! 納得できるか! 俺の処遇をこんな子供が決めるなんて認めないぞ! やめてく……!」
「往生際が悪い。等活地獄で500年の余生を過ごすがよい、人間よ」
閻魔大王が頭上の紐を引くと、床が開いて男が地の底へ落ちていった。叫び声が部屋の中に木霊し、やがて消えていく。
この仕事を始めてから季節が二過するほどの時間が経ったが、この瞬間だけは慣れない。耳を塞ぎたくなる気持ちの方こそ塞いで、僕は書類を整えてシュレッダー箱に片づけた。
「本日はこれで閉廷とする。弁護人、この後時間はあるか?」
やれやれ。先ほどの険しい顔はどこへやら、閻魔大王は「呑みに行こうぜ」ジェスチャーと満面の笑みを僕へ向けた。
しかし、残念ながら僕にその時間は無い。「申し訳ございません」と頭を下げて僕は答えた。
「命よりも大切な睡眠をとらなければなりませんので、丁重に断りさせていただきます」
「おお、そうであったな。では、次の法廷もよろしく頼むぞ、カツキよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
挨拶もそこそこに僕は席を立ち、休憩室へと向かう。そこには僕のためだけのベッドがぽつりとたたずんでいる。
「さて寝るか。おやすみなさい、ハーピーさん」
僕からの合図を聞いて、ベッドのそばの止まり木で羽を休めていたハーピーさんが子守歌を奏でた。すぐに張りつめていた意識が緩やかにまどろむのが分かる。
こうして本日の仕事も終わりを告げた。
僕の地獄での仕事。
それは人間代表として地獄に落ちていく人間の弁護を行うことなのだ。
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