because I am a doctor

「今日来た理由を半端なく単刀直入に言うとだな、身代みしろ先生様を早急に助けてやってほしいんだ」


 とある隣町の医者、いや、医者は真剣な表情で目井めいさんに懇願した。


「助けてほしいとは? 急なご病気かお怪我でも?」


「恐らくは半端なくそうだな」


「恐らく?」


「えーとだな… うっ、オイ堂喪どうも先生様! 人が説明しようとしてる時に半端なく苦いもん飲むんじゃねえ!」


 目井さんが堂喪用に出したブラックコーヒーをいきなり口内に流し込まれ、甲藻こうもは裏声まじりに怒鳴った。


 対する堂喪は、甲藻によって怒りに満ちた表情になった顔をコロッと涼しい表情に変えて応じた。

「いいじゃろ別に。人が何飲もうが。おぬしもいい加減コーヒーくらい享受できるようになれ」


「我々は2人でありとあらゆる感覚を共有しちまってんだ! 勝手に半端なく変なもん口に入れんな!」


「はあ!? おぬしコーヒーを愚弄するか! コーヒーという飲み物はだなあ…」


 演説を始めそうになった堂喪を目井さんは「それで、身代先生のことですが」とさえぎった。


「あ、ああ、すまんかったのう。まあ、詳しく話すとだな…」




 身代は隣町の医者の一人であり、目井さんの医者仲間のうちの一人である。

 堂喪と甲藻に負けず劣らずの腕の持ち主であり、常に患者様に真摯に対応することで評判の医師なのだが、近頃様子がおかしいらしい。


 傍から見ているだけでも、体調が悪そうだと言うのだ。

 ある時期から激やせし、血色も悪くなったし、歩く際に杖を使うようになった。時折、人に隠れてひどく苦しそうな表情をしていることもある。

 さらに、ある病気の症状に似た咳や震えなどがある、何もない空間を見て怯えている、こっそり何かの薬を飲んでいる… など、怪しい点は枚挙にいとまがない。身代のもとで働く看護師達や、身代に診てもらっている患者様達も心配している。

 しかし、本人に訊いてみても「わたくしは元気よ? 心配しすぎ」の一点張り。堂喪達が無理やり診ようとしても逃げられてしまう。


「わしらじゃどうにもできんから、おぬしに頼みたいんじゃ。あやつも違う奴になら何か違う反応をするかもしれんし… いっ、甲藻! 人が喋っとる時に甘いもん飲むな!」


 目井さんが甲藻用に出したスムージーの味が口いっぱいに広がり、堂喪は盛大に顔をしかめる。

「半端なくいいだろ別に。人が何飲もうが。お前もいい加減スムージーくらい享受できるようになれ」

 堂喪をまねて返す甲藻。


「なるほど。承知しました。今すぐ伺いますね。いやー、それにしても…」


「?」


「あなた方、相変わらず面倒見がいいですね」


「はっ、半端なくそんなことねえよ!」


「そっ、そんなことはないぞ!」




 3人はそのまま身代の病院へ直行した。

 

「ああ、Dr.堂喪にDr.甲藻。Dr.目井もご一緒で」


 薄い水色の白衣。それと同色のマスク。丸眼鏡が特徴の件の医師はにっこり笑って目井さん達を出迎えた。


「目井さんとお呼びください」


 そうつっこみながらも、目井さんは内心驚いていた。


 想像以上に様変わりしていたのだ。


 確か身代に最後に会ったのはたったひと月ほど前。その頃と比べると頬の肉はげっそりと削げ落ち、真っ青を通り越して紙のように真っ白な顔色をしている。

 息も荒いし、話に聞いた咳や身体の震えも見受けられる。壁に寄りかかって立っているだけでも辛そうだ。この笑顔だって、明らかに無理をした作り笑いだ。


「みんなどうしたの急に?」


「ええ、ちょっとお話がありましてね。身代先生、大変失礼ながら先程あなたのお部屋に忍び込ませて頂いたのですが」


「え? ちょい待て、いつじゃ!?」


「あんたずっと我々と一緒にいたろ!? そんな時間半端なくなかったろ!?」


「そこでこんなものを見つけたんですよ。古い資料ですねえ。現在では禁止されている治療法について解説されています」


「…ちょっと興味があって調べてみただけよ。実行してなんかないわ」


「それに、今あなたの着ている白衣のポケットも調べさせて頂いたんですが、こんなにたくさんのお薬が出てきたんです」


「だから! 一体いつ!? 怪しい動きしてなかったじゃん!」


「いつそんなスリみたいなマネする暇があった!?」


「種類も色々ですねえ。痛み止めに睡眠薬、肺の病気のお薬、骨を丈夫にするもの、熱を下げるもの、呼吸を楽にするもの、心臓の動きを良くするもの、腎臓の働きをよくするもの、筋肉の動きを良くするもの、造血を促すもの、幻覚や幻聴を抑えるもの、身体の震えを止めるもの、他にもたくさん。一般的にはまず使われないような強力なものまで」


「…患者様に渡そうと思って」


「あなたのことです。それならもっと厳重に管理されるはずです」


「…」


「あと、私も今思い出したんですが、最近重篤な病気や怪我を負った方がこの病院に来たらあっさり治ったという噂を聞いたことがありましてね」


「…」


「この治療法で患者様方を治されたんですね? その結果、あなたは…」


「…返して」

 突如目元を歪ませる身代。


「はい?」


「お薬、返して。そろそろ、飲まなきゃいけない時間なの、だから、あ、あ…」


 苦悶をあらわにし、胸をかきむしりながら倒れこんだ身代を、目井さんは慌てて抱きとめた。




「ただ今お身体を検査させていただきました。こんなにたくさん重い病気とお怪我をお持ちだったとは…

 あれらのお薬だけでは気休め程度にしかなっていなかったはずです。本当なら立ち上がるのも困難な状態だったはずです。

 身代先生、あなた一体どれほどの無理をなさっていたのですか?」


「強引にでも診てやれば良かったのかのう…」


 驚きや後悔を含む目井さん達の声を、身代は診察台に横たわって聞いた。


 刃物で刺された傷、皮膚が炭化するほどの火傷、病によって発生したアザやできもの。

 そうしたもので覆われている自身の身体の表面をぼんやり眺めながら。


「あの治療法は、『他の方の病気や怪我を自分の身体に移動させる』というものです。なぜそんな危険なやり方をお選びになったのですか? あなたほどのお医者様なら他の治療法もたくさんご存知でしょうに」


「…医者だからよ」

 身代は諦めたように答える。


「医者だから… とは?」


「医者は患者様の病気や怪我を治すのが仕事。なのに、この世にはわたくしにはどうしようもない病気や怪我がごまんと存在するの。

 目の前で患者様が苦しんでいるのに、その苦しみを取り去れない。人を助けるために医者になったのに、こんなんじゃ医者失格だって、ずっとずっと悔しかった。

 そんな時、ひと月ほど前、偶然あの資料を見つけたの。これだと思った。わたくしはどうなってもいいから、この方法を使おうって。これでやっと、あの患者様達を救えるって…

 だって、わたくしは医者だもの」


「…身代先生は、相変わらず責任感がお強いですね。それにお優しい。私も見習わなければなりません。

 ただ、ご自身がどうなってもいいなんて思わないでください。苦しむあなたを見て苦しむ方もたくさんいらっしゃるんです。患者様達も看護師さん達も堂喪先生と甲藻先生も、それに私も、身代先生のことが大切なんですから」


「い、いや、別に大切とかなんとかじゃなく、死なれでもしたら半端なく後味悪いってだけで…」


「それに、あなたが倒れてしまったりしたら、救える患者様達も救えなくなってしまいます。ご自身を大切にすることで救える命もたくさんあるんですよ。だからこそあの治療法は禁忌とされているんです。

 あと、医者はあなただけではありません。どうしても治せない患者様がいらっしゃったら、私を含めて他の方に頼っていただいていいんですよ。お一人ですべてを背負わなくていいんです。

 さて、今からあなたの治療を開始させていただきます。私になら今のあなたのご病気およびお怪我をすべて治すことができます。堂喪先生達にもお手伝いしていただきます。ご安心くださいね」


「…目井さん」


「はい?」


「ごめんなさいね…」


「謝ることじゃありませんよ」




 後日。


甲藻「身代先生様、あれから体調は?」


身代「とてもいいわよ。あの時は本当にありがとうね2人とも」


堂喪「本当に大丈夫なんじゃろうな? 二度とあんな無茶なマネするなよ? 次はただじゃおかんからな」


身代「え、ええ…」


甲藻「あーそこの通りすがりの甘井あまい先生様ー! まーたそんな半端なく甘そうなもの食べてー!」


甘井「ん〜? だって美味しいんだよ〜このかき氷〜。身体冷やしてくれるし〜」


甲藻「美味しいからって甘いもんばっかじゃ身体に悪いっていつも半端なく言ってるだろ! また蟻に食われるぞ!

 ほら、これ夏におすすめの料理のレシピ! 栄養のあるもん作って食え!」


甘井「ん〜? うん〜…」


堂喪「あと暑いからといって身体冷やしすぎちゃいかんぞ! 食べ物の工夫以外にも適度に運動するなり湯船に浸かってあったまるなりするんじゃぞ!」


甘井「あはは〜うん〜…」


甲藻「ったくよお、本当に半端なく」


堂喪「世話の焼ける連中じゃのー」


身代&甘井(…保護者だ!)


 というやりとりがあったとかなかったとか。

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