ユートピアを夢見て
往診から帰ってきた
見開かれてもなお、「笑っている」と言える範囲の形を保ってはいたが。
目井さんは身をかがめ、その人物に話しかけた。
「どうなさったんですか? 今はまだその… あなたが起きていい時ではないと思うのですが」
「どうなさったって… こっちが訊きてえよ」
いら立ちを隠そうともせず、目井さんを睨みつけるその人物。
「間違いなく頼んだよな? 『こんなひどいことばかりの世の中で生きていきたくない。誰もが平和に暮らせる、ユートピアのような世界になるまでコールドスリープで俺を眠らせてほしい』って? で、あんたカプセルの中で眠らせるところまでは確かに約束通りやってくれたよな?
俺さ、さっき急に目が覚めたんだよ。ユートピアになったら自動的に目覚める仕組みになってるって聞いてたから、ついに平和な時代がやってきたんだと思って胸躍らせながらカプセル開けてここに出てきた。ここにある新聞の日付見て、『ああ、俺が眠ってから10年くらいでユートピアは実現できたんだ。結構早かったな』って嬉しくなったんだ。
なのに何だよこの新聞記事は! 10年分の情報が抜けてるからよくは分からんけど、戦争に差別、環境問題に政治家の汚職! それに昔はあまり言われてなかったけど最近よく取り上げられるようになったらしい問題まであるじゃねえか! こんな世界の一体どこがユートピアなんだ! 10年前と同じ、ヘタしたらそれ以上に最悪なディストピアじゃないか! あんたら、ちゃんとユートピア作る努力してきたのか!?」
「申し訳ありません。私なりにできることをしているつもりではあるんですがね… あと、カプセルの設定にミスがあったようです。それも申し訳ありません」
「ふざけんなよ、ディストピアの空気なんか吸わせやがって! ちゃんと設定しとけよな!」
「はい、今度こそ間違いなく設定いたします」
「ああ、じゃあ今度こそ俺が寝てる間にユートピア作っておけよ!」
「…ただ、もし良かったらなのですが、せっかくお目覚めになられたのですから、あなたも理想のユートピアを作るために何かをしてみるというのはいかがでしょうか?」
「はあ? 何言ってんの、ユートピアは憧れだけどそんなめんどくさそうなこと嫌だ。問題多すぎだもん。あんたらが俺が寝てる間に全部解決しとけよ」
「そうですか、ではカプセルを直してきますので、少々お待ちくださいね」
「ああ、どうもな」
目井さんが去った後、その人物は膝の上に組んだ両手をのせて目を閉じた。
そうして、目井さんがカプセルの設定をし終え、再びいつ目覚めるともしれぬ眠りにつくまで、自分の理想とするユートピアを妄想し続けたのであった。
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