毒を見る

「私、実はアイドルやってるんですが知ってます?」


目井めいさんは目だけ笑った申し訳なさそうな表情で首を横に振った。


「ごめんなさい、芸能関係には異様に疎くて…」


「いいんです、私マイナーだし」


アイドルはからっと笑うと「それで、今日相談したいことはですね」と本題を切り出した。


「そんなマイナーな私にもありがたいことにファンの方はいらっしゃいまして、たまにですが事務所にプレゼントを送ってきてくれるんです。

ただ、うちの事務所はプレゼントが食べ物だった場合は捨ててしまうんですよ。万が一毒が入ってるといけないってことで。

でももし安全なものだったらもったいないことだし、何よりせっかく送ってくれた人達に申し訳なくて…

それで、毒が入ってるかどうか簡単に見抜ける方法はないのかと思いまして」


「なるほど。ではいい手術がありますよ。今すぐやりましょう」




小一時間後、手術は終わった。

「では、確認のためテストさせていただきますね。こちら、どんな風に見えます?」


「? ビーカーに入った紫色の液体ですが」


「ではこちらは?」


「えっ何これ… さっきみたいにビーカーに液体が入ってるけど、色が、白くて光ってる…」


アイドルの返答に目井さんは我が意を得たりと頷き、その後も10種類ほどの液体を示してどう見えるかを訊いた。

液体は色とりどりであったが、うち4つほどは強度の差はあったが似たような白い色に発光していた。アイドルはすべて見えるままに答えていった。


「はい、結構です。手術は成功したみたいですね。

実は今あなたに白く発光して見えた液体は全て、人が摂取すると体調を崩したり、死に至るなど何らかの危険があるものだったんです」


「!」


「先ほどあなたの目を、そういった有害なものを含んでいる飲食物だけをあのように見えるように手術させていただいたんです。

害が大きいものほど強く光って見えるようになっています。

これで文字通りの『毒見』ができますよ」


「なるほど! ありがとうございます!」


アイドルは翌日から早速、手術してもらった目を使って届いた飲食物を「毒見」するようになった。

同じ事務所に所属する他の芸能人達もアイドルの目のことを知ると、自分宛のプレゼントの「毒見」を頼むようになった。


アイドルが見た限りでは、プレゼントの中にあの白い輝きを放つ食べ物や飲み物は一つもなかったので、自分宛の飲食物はもちろん、「毒見」のお礼として他の人達に分けてもらったものも味わうという楽しみを享受できた。




ある休日のことだった。

アイドルは、玄関のチャイムで目を覚ました。

(な〜に〜? こんな朝早くから…)


起きたてだったがとりあえず布団から身体を起こし、相手から不快に見えないであろう程度に身なりをさっと整え、ドアを開けた。


「………母さん………!?」


そこにいたのは、数年前アイドルの「アイドルになりたい」という夢に頭ごなしに猛反対し、最終的にアイドルが喧嘩別れのような形で家を飛び出してこの町に来て以来、何の連絡も取っていなかった母親であった。


どうしてこのアパートを知っているの、二度と顔も見たくないと思っていたのに、どうして…


動揺で言葉を失うアイドルに対し、母親は穏やかに言った。

「立ち話もなんだし、中に入れてくれない?」

数年前の確執など、まるでなかったかのように。


室内に入り、どっこいしょと床の上に腰を下ろした母親は、我が子がアイドルとして徐々にではあるもののCDを出したりメディアに登場し始めた当初は「反吐が出そうなくだらねー歌なんか歌ってねーで何百年もの伝統のあるうちの立派な商売継げやバカガキ」と思っていたが、頑張り続けている姿を見ていたら 少しずつそんな気も失せていったこと、あの時アイドルの夢を非難したのを心から悔いたこと、許してもらえるかどうかは分からないが、もう一度会いたくて興信所に住所を調べてもらったということを語った。


「本当にごめんなさい。母さん、あんたの気持ちも覚悟も何も知らずに怒鳴ったりして…」


今でも時折耳に蘇る、あの我が子の未来をぶち壊そうとするかのような暴言を吐いた母親は、今目の前で身体を小さくして頭を下げていた。


やっと認めてくれた。やっと通じた。


「母さん… いいんだよ、ありがとう」


親子は、しばし語らった。数年間の空白をようやく埋められた。




「ところで、朝ごはんはもう食べたのかい?」


「いや、起きたばっかりだからまだ」


「なら良かった。ほら、母さんお弁当作ってきたんだよ。あんたの大好物いっぱい入れて」


「本当⁉︎ ありがとう! では遠慮なくいただきまーす!」


懐かしい母親の手料理の味を想起しながら、アイドルは弁当箱の蓋を開いた。




目がくらんだ。思わず一旦閉じてから再度開いた目に飛び込んできたのは、弁当箱の中身全てから発される昼光灯のような白い光だった。


小さな箱に詰め込まれた、もはや何なのかも分からないほどに強く光り輝く食品達は、部屋に差し込む朝の光に負けじときらめいているように、アイドルには見えた。


「あの、母さん、これ…」


「どうした? 美味しそうだろう?」


母親は、目だけ笑っていない笑顔を、アイドルへと向けた。

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