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「マスターはもう一度会いたい人とかいます?」
斉藤君が相手をしていた客は何度か顔を見たことがある男性客だった。名前はまだ聞いた事がないが、いつもスーツ姿なので駅の向こう側のビジネス街で働いているのだろうと思う。
「斉藤君はいるの?」
オウム返しで斉藤君に訊いた。カウンターに座る男性はニコニコと機嫌が良さそうにその答えを待っているようだった。
「僕ですかぁ。そうですねぇ」
うーん、と腕を組んで少し考えると、はっと閃いたように両手を打った。
「桜小路ありあ!」
「桜小路ありあ?」
男性が返す。
桜小路ありあって言うのは、出す曲全てオリコンで一位を獲得するような大人気歌手で、あまりJ‐POPには詳しくない俺でも知っているくらいの超有名人だ。
「桜小路ありあが好きなの?」
「そうなんですよ。僕、実は昔偶然ありあちゃんに会ったことがあって。でもその時は恥ずかしくて声を掛けられなかったから。もう一度会えたら今度こそファンです、応援していますって言いたいんですよね」
両肩を上げて少し照れたように斉藤君は言った。「あと、サインももらえたらなって」
「桜小路ありあかぁ~なるほどねぇ」
「超有名人でも会いたいって思うだけは自由ですからね。それで、お客様の会いたい人はどなたなんですか?」
うんうん、と頷いていたお客の頭がピタリと止まる。それから、視線をカウンターの端に逸らして、口を一文字に結ぶ。それからゆっくりと言った。
「昔いじめてた女の子」
「え?」
「笑っていいよ。俺、実は昔いじめっ子だったんだよね」
男性はふっと笑ってグラスを揺らした。
「もう二十年以上も前の事だけど、小学校で同じクラスだった女の子をいじめていたんだよね。しかもたちが悪くて、その子が転校してから気づいたんだよ。俺がやっていたのはいじめだったんだって」
ふぅ、と息を吐く。
「だからさ、俺はその子にもう一度会いたいなって思うよ」
「時効なんてないから」と悲しげな笑みを浮かべる。
「実は今日その子の誕生日なんだよね。だからかな、すごくその子の事が頭に浮かんでて」
斉藤君をちら、と観るとどうしたらいいのか分からないと言った表情を浮かべていた。
「会えるといいですね」
そう答えると、男性は少しだけ驚いたような表情をして大きく頷いた。
「うん。会って、あの時はごめんって謝りたいから」
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