第十二話 進路
高校三年生に進級した小熊は、二年生の頃と代わり映えしない日々を過ごしていた。
もしかしたら、何も変わらないと自分に言い聞かせていたのかもしれない。
担任教師は持ち上がりで変わらなかったが、教室が三階から四階になり、廊下を歩いていても下級生とすれ違うことが増え、恵庭慧海という奇妙な知り合いも出来た。
変化は気づかないうちにゆっくりと起きている。それは気づきたくない人間が目をそらすことが出来るほど遅くはない。
小熊はそんなことを思いながら、職員室の隣にある、その目的のために作られた小部屋をノックした。
このちっぽけな部屋の中で、小熊は自らの人生を決めることになる。
朝のホームルームが終わった後の、担任教師からの呼び出しがきっかけだった。
進路についての話があるので、放課後に進路指導室に来るようにと言い付けられた。
まだ一学期の中間試験が始まる前だったが、小熊は自分が他の同級生より早めに動き出さなくてはいけない立場だということを思い知らされた。
スーパーカブに乗るために、役所や警察での手続きが必要であるように、高校生の自分が生きていくためには色々な義務がある。
少し気の重い小熊は、許可を得てドアを開け、既に書類が並べられた机の前に着席した。
小熊が高校一年生で親無しになった時にも親身になってくれた担任教師は、三年生になった小熊の進路にも目をかけてくれていた。
親の居ない寂しさとかいう小熊にはあまり縁のない感情について気を回しすぎるというところはあったが、担任教師が持ってきてくれた話は、小熊にとっても興味深いものだった。
奨学金による大学進学と、それに伴う灰色の受験生活を回避する指定校推薦。
遅刻や欠席がほとんど無く、成績も並ながら出来不出来の偏りが無い小熊なら、推薦が取れるらしい。大学側の推薦担当者が親の無い小熊の境遇に同情的だったという話を聞いた時は、少し鼻を鳴らしたい気分だったが、どっちにせよ入ってしまえばこっちのもの。
担任教師が紹介してくれた都内にある公立大学は特に専攻したい学科など無いが、とりあえず自分が一度落っことした人並みの生活を恒久的に送りたいという目的には適ったものだった。
大学のレベルは小熊が推薦ではなく一般受験で受けても、これからの努力で合格出来るかどうか微妙なライン。
担任教師は東京都下の自然豊かな新興都市に作られた、理想的な大学生活におあつらえ向きのキャンパスが掲載されたパンフレットを見せながら言った。
「今すぐに決めろとはいわないわ。中間試験が終わったら公休を取って学校見学に行って、それから決めればいい」
急に面倒臭くなった小熊は、進学する大学をどこにするかという選択を、夕飯に何を食べようか考えるような気分で決めてしまいたくなったが、とりあえず担任教師に礼を言い、近いうちに学校見学に行くことを伝えた。
小熊が頭を下げて進路指導室を出ると、外の廊下に礼子が居た。
授業が終わった後で礼子には、用があるので一緒には帰れないと伝えていたが、わざわざ待っているなんて他に友達が居ないのかと思った。
「お疲れ」
「疲れた」
礼子の進路指導はもう少し後になる。一人暮らしをしているが両親ともに健在な礼子は、進学における面倒事が小熊より幾分少ない。
「これからBEURREでコーヒーでも飲む?」
小熊は礼子の誘いに首を振る。
「走りに行く」
並んで歩く礼子が首を傾げながら聞いた。
「疲れてるのに?」
「疲れたから」
二人で昇降口を出て、駐輪場で小熊はスーパーカブ、礼子はハンターカブに乗った。
二台のカブの間には水色のリトルカブが駐めてある。持ち主の椎が現れる様子は無い。妹の慧海の登下校に付き添うのをやめたと言っていた椎は、やっぱり慧海のところに行っているらしい。
小熊と礼子はカブで走り出し、二人で校門を出た。お互い反対方向へと分かれる。礼子は一度小熊について行こうとする動きを見せたが、ハンドルを切り返して自宅のある方向へと走り去った。
小熊は学校前の県道をカブで走り、国道二十号線と交差する牧原にさしかかった。直進すれば自宅アパートのある日野春駅前、右に曲がれば韮崎や甲府、そして東京。
。
右折した小熊は、今から往復すればどれくらいかかるだろうかと頭の中で計算しながら、カブで国道を走った。
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