第12話 俺たちの、最高の娘
Aパート
月を背にして現れた、ピンクの衣服をまとった魔法少女。
それは間違いなく僕の娘――要円香に間違いなかった。
自分の娘の顔を見間違えるわけがない。
自分の娘の顔を忘れる訳がない。
なにより、こんな目に合った元凶である彼女の事を――忘れられるはずがない。
「円香ァ!! てめぇ、よくもこんなことを!!」
「違うんだ、違うんだよ友久!! これにはちゃんとしたワケって奴があるんだ!!」
九兵衛のことなどそっちのけ。
僕のことを見捨てて、魔法少女なんかになった円香に、食って掛かろうとしたところを、僕はX兵衛に止められてしまった。
ワケってなんだ、それが分かってたら苦労はしないよ。
すると、円香が神妙な顔をする。
「……ごめんお父さん。皆を、この世界を救うためには、こうするしかなかったの」
「こうするしかなかった? だと?」
「全てはそこで死んでいる――うぅん、死んだふりをしている九兵衛が原因で起こったことなのよ。そして、お父さん、私たちはその宇宙侍にまんまとハメられていたの」
「なんだって!?」
どういうことだ、ホワイ。
意味が分からないよ。
一度も面識を持ったことのない相手に、どうしていいようにハメられるなんて、そんな出来事が起こってしまうというのだろう。
確かに、九兵衛は、円香をたぶらかし、魔法少女へと変えたこの事件の発端となる人物である。しかし、直接的に僕が会うのはこれがはじめてだ。
そんな奴を相手に、ハメられたなんて。起こるはずがない話じゃないか。
しかし――。
娘が僕を見る目は、いつになく真剣だった。
いつもだったら、汚い蛆虫でも見るような視線を向けてくる円香。
年頃の娘だ。反抗期だからしかたない。そんな風に思ってあきらめていた。
そんな彼女が、僕のことを一人の人間として見てくれている。父親として見てくれている。それだけで――。
「どういうことなんだい、円香!!」
僕は娘のことを信じることができた。
まったく、男親っていうのはちょろいもんだぜ。さっきまで、どうしてやろうかというほどに怒り狂っていたっていうのに、視線一つでこうも簡単に許しちまうんだからさ。
「それについては俺から話そう」
僕と娘の間に割り込んで来たのはX兵衛であった。
彼もまた、本当にすまない、と、まずは僕に頭を下げて来る。
魔法少女と宇宙侍。
どうやらこの二人、既に気脈を通じているらしい。
全て、これまでのことは、彼らの掌の上で起こっていた出来事ということか。
やれやれ。
まんまと踊らされてしまったよ、と、ため息が口からするりと抜けた。
同時に、それでもいいかと、彼らの事をすっかりと許してしまっている、自分にも気が付いた。
X兵衛が言うんじゃ、仕方ないさ。
僕は彼に何度となく救われているのだから。
「そう、全ては九兵衛が、宇宙を増大させるエントロピーのなんちゃら――つまり、友久、お前の絶望を回収するために張り巡らせた壮大な罠だったんだ」
「壮大な罠!? 僕は罠にかけられていたのか!? まったく気が付かなかったのだけれども!?」
「あぁ、そうだ友久――おまえはこれまで、都合108回、この逮捕されて九兵衛に救い出されるというループを繰り返している!!」
「108!? 煩悩の数もあるじゃないか!! というか、ループを繰り返すって!?」
「余計なことを言うなよぉ、X兵衛。せっかく、僕が作り出したエントロピーを回収するための永久機関を、壊すようなのはやめておくれよ」
ゆらり、と、胸をピンクの矢で貫かれた九兵衛が、その場に立ち上がる。
まったく胸の矢なんて効いちゃいないという感じに、彼は平然とした顔で、僕とX兵衛、そして円香を睨みつけてきた。
その顔を埋め尽くすのは邪悪な笑顔。
思わず、彼の甘言に乗りそうになった自分を僕は後悔した。この男が、なんの考えもなしに、そんなことを言い出すとは思えない。
そうだ。
よく考えれば分かることじゃないか。
彼が僕にさせようとしたことを考えれば、色々なことにつじつまが合う。
なぜ、最近になって円香が僕に冷たくなったのかも。
髪の毛をピンクに染めて、やんちゃになってしまったのかも。
蛇蝎の如く、僕のことを毛嫌いしだしたのかも。
すべてすべて、それは唐突だった。
魔法少女になるのと時を同じくして、それは起こっていた。
いや、少しくらいはその、兆候はあったけれども――。
「色々と、分かって来たぞ、X兵衛。つまりこういうことだな、僕は――前の時間軸の僕は九兵衛にさっきの調子でそそのかされて、108回、焔あけみを脅迫して、強制的に時間を巻き戻していたんだ」
「……そういうことだ」
「強制的に時間を巻き戻した焔あけみには記憶が残っていたんだろう。僕にどんな風に脅されたのか、どのようにして僕に時間を巻き戻させられたのか、それを娘に語った」
「……どれも信じたくないような話だったわ。けれどごめんなさい、お父さん。お父さんが九兵衛に唆されてしでかしたことだなんて、そんなことは知らなかったの」
親友の涙の訴えを前にして、実の親よりもそっちの言葉を信じてしまった。
円香がそうしてしまったことを、僕は別に責めるつもりはなかった。
心優しい娘である。流石は、僕の自慢の娘だ。
「どれだけ繰り返しても、何度物理的にそれが不可能な状況に追い込んでも、お父さんはあけみちゃんを脅迫したわ。私はそれが信じられなくて、こんな風に髪をショッキングピンクに染めたりした」
「円香、髪がショッキングピンクになったのは、そんな理由だったのか……」
「けど今となっては、それが間違っていたことだとはっきりと分かる。私は、その理由を知ろうとしなかっただけなの。お父さんがなぜそうしようとしたのか、知ろうとしなかった私が悪かったの。そして今回のループで、ようやく、私はその理由について知ることができた――」
「俺が彼女に接触したおかげでな!!」
にん、と、X兵衛が親指を立てて言う。
死んだと思わせて、X兵衛、彼は円香に接触していたのか。
「俺は魔法少女のお父さんを救う事ばかりに意識が行っていて、すっかりと、魔法少女とのコミュニケーションを疎かにしていた。そして、この世界が――正確にはお前の絶望が、毎度繰り返されているという事実を、認識できずにいたんだ」
「そうだったのか」
「だが、円香ちゃんの話を聞いてピンと来たぜ。この話、確実に九兵衛の奴が裏で糸を引いているってな。そんな訳でだ、俺は死んだふりをして、友久、お前をこうして留置所へと孤立させ、九兵衛が接触してくるうように仕向けてみたって訳さ」
そうして話は全て繋がった。
紐解いてみれば、なんて単純で、残酷で、そして気の滅入るような話なんだろう。
誰も悪い奴など居なかったのだ。
円香も、X兵衛も、そして僕も、それぞれの正義のために動いていただけじゃないか。
どうして、それを悪だと切り捨てることができるのだろう。
いや、一人だけ、どうしても許せない奴が存在する。
そんな僕たちの思惑を、いいように手玉に取って転がして、虚しいループを繰り返させていた存在。
優しい少女――いや、少女たちの心に付け込んで、このような外道を働く下衆。
まさしく、吐き気を催す邪悪とは、こいつのこと。
僕は再び、ピンク色をした道着の男を睨みつけた。
「九兵衛許すまじ!!」
「フハハハ!! ばれてしまってはしかたない!! けど仕方ないだろう? 時間操作系の魔法少女と、最低のクズ親が揃ったのだ!! それを最大限に利用して、絶望のエントロピーを回収するのは、実に効率的なやり方だ!!」
「何が効率的だ!! 人の人生をなんだと思っていやがるんだ!!」
「別に、なんとも? 僕はただ、君にそっと囁いただけだ、そして、それを実行に移した。娘は勘違いし、弟はそのことにまったく気が付かない……間抜けな君たちが悪い、それだけのことだろう?」
間抜け、だと。
そんな言葉の一言で、この出来事を片付けられると思っているのか。
みしりみしりと、頭の血管が音を立てて膨張している――そんな気がした。
実際にそんなことが起こっていたら、僕は脳溢血で死んでしまっていただろう。
問題なのはそこではない。
僕の怒りが怒髪天だって、ことだ。
人様のことを平気で踏みにじるようなこの邪悪を、生かしちゃおけねえ、許すこともできねえ。こいつだけは、こいつだけは絶対に――。
「X兵衛が裁く!!」
僕は唐突にX兵衛に話を振った。
はたして、真のラスト・スペース・サムライ・ボーイ。
彼は突然の僕の無茶ぶりに対して。
「そう言うだろうと思っていたぜ、友久!! 任せておきなァ!!」
快く、その言葉を受け入れたのだった。
やれやれ、まったく、と、そんな僕たちのやり取りを、鼻で笑って九兵衛が続ける。
「仕方ないなぁ。せっかく手に入れた、エントロピー増大の永久機関。できることならば失いたくはなかったのだけれども」
「僕たちはもう気づいてしまった、その時点で終わりなんだよ、九兵衛!!」
「そんなことはないさ。僕が焔あけみを唆して、また、時間を戻させれば。もう一度、この絶望は繰り返される。感動的な親子の和解も、なかったことになる」
「……そうはさせない!!」
X兵衛が大小の二本を腰に佩いた鞘から抜き放つ。
右手に刀、左手に脇差。
二刀流、大の字になって悠然と構えると、すぅ、と、口から深い息を吐き出した。
「ほぅ。X兵衛、貴様それを兄に使うか」
「もはや兄とは思わぬ!! 九兵衛!! お前のような腐れ外道がこの世にいる限り、地が乾くことはない!!」
天に帰る時が来たのだ。
そう言い放って、きぇい、と、X兵衛が九兵衛に飛び掛かる。
あぁ、あれなるは、野獣珍陰流必勝の構え!!
よく知らんけど、なんか、そんな感じだ!!
「野獣珍陰流奥義――
その叫びと共に、九兵衛の着ている服が爆発四散する。まさしく、肉を切らせて骨を断つ、ならぬ、服を抜いで敵を斬る。
あっぱれ、そのセクシーコマンドーっぷりに、思わず熱い涙が僕の頬を伝った。
あぁ、X兵衛。
やはりお前はラスト・スペース・サムライ・ボーイだ。
尻毛をたなびかせて、三つの刀を抜き身にして、兄に挑むその背中を――僕は決して忘れない。絶対に忘れない。
「くっ、自ら全裸になることで、野獣珍陰の奥義を封じるか!!」
「そう!! 服を着た相手にしか、野獣珍陰の技は無効なり!! さぁ、大人しく――
「……しかし、まだ、甘い!! 遅いわ、X兵衛!!」
その声と共に、X兵衛の振り上げた手が、九兵衛によって止められる。
単純な上段からの切りつけは、すんでの所で九兵衛に止められてしまったようだった。
あぁ、どうするのだ、X兵衛。
そうして両手を戒められていては、もう、何もできないではないか。
固唾を飲んで見守る僕に、X兵衛が突然尻を振った。
尻を振り振り、なにやら奇怪に動かして見せる、宇宙侍。
あれはまさか――尻文字ではないのか。
何を、伝えようとしているのか。
じっとその尻の動きと、それにつられてちらりちらりとはみ出て見える、竿の動きに、僕はしばし意識と視線を集中した。
「……今だ、俺、ごと、撃て、だって!?」
何を撃てというのだろう。
そう、思った僕の横で、円香が弓をつがえていた。
円香、それは、まさか。
「ごめんね、X兵衛さん」
「円香!! まさか!!」
「最初から、この予定だったの。実力では、九兵衛さんにX兵衛さんは、遠く及ばない……だから、彼の動きを封じ込めたら、私がこうするって話になっていたの。これはX兵衛さんも、覚悟の上でのことだわ」
そんなのって、そんなのって。
叫ぼうとする僕の前で、娘は、無常にそのつがえている弓から矢を放つ。
「X兵衛ぇえええええええ!!!!」
僕の叫びが、留置所の中へと木霊した。
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