第22話

鹿島は病院へと呼び出された。

彼の妻である鹿島 律子(かしま りつこ)が、大けがを負って緊急手術を受けているのであった。



鹿島は大慌てで看護師を捕まえると、自身の妻の容態について尋ねる。


「妻は、律子は大丈夫なんですか!?大丈夫ですよね!?」

半狂乱となった鹿島は半ば、ただただ、すがりつくだけである。



「鹿島さん、落ち着いてください!」

看護師は鹿島をなだめる。


「奥様は確かに大けがを負いましたが、検査したところ、内臓には大きなダメージはありませんでした。」



「えっ...じゃあ律子は...」



「両足を複雑骨折、左腕に大きな裂傷、後は細かい傷はありますが、命には別状がないでしょう。」



「ああ、ああ。先生。ありがとうございます!」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、看護師の手を力強く握る。



「明日には麻酔も覚めて、お話が出来るようになると思いますよ。とりあえず、これからの奥様の入院生活について説明がありますのでこちらに来てください。」


鹿島は妻の命が助かった喜びで、とても大切なことを聞くのを忘れていた。

それは、どのようにして、事件に巻き込まれたか、である。――







 ――哲也が呼び出されたのは、ある事故現場であった。目の前には、見慣れた車がガードレールに突っ込んでいる。

あれは...ウチの車だ、と哲也が呆然としていると、哲也の存在に、現場検証をしに来た課長が気づく。


「誰だ!テツを呼んだ大馬鹿ヤロウは!」

課長は大声で周りに怒鳴ると、哲也に歩み寄る。



「テツ、とりあえずこっちに来い。」

課長は哲也の腕を引っ張り、現場から遠ざけようとする。



「あれは...車が...家族が...」




「落ち着け。いいから、こっちに来い。」

課長に引っ張られるが、哲也は抵抗する。そのうち、運転席から被害者が降ろされた。




 その被害者を見た瞬間、哲也は半狂乱になる。その降ろされた被害者は哲也の妻、奈緒(なお)であった。

「放してくれ!」

課長の手を振りほどくと、運転席から降ろされている奈緒に駆け寄る。



そこには、いつもの優しい表情をした妻はいなかった。目はなくなり、腹部がアジの開きのようになって内蔵がなくなった、ただの死体があった。



哲也は後部座席に目をやると、彼をさらに絶望へと突き落とすものがあった。

血の海となった後部座席。

血まみれのランドセルと、女児用の可愛いピンクの靴が片方。

ランドセルには高梨 静音(たかはし しずね)と書かれている。



「そういえば、今日は静音(しずね)の塾の日...」

哲也は全てを理解した。己の家族が今までの被害者と同じように、残酷な最期を迎えたのだと。そして...




娘は化け物...”黒男”になったのだと。




哲也は課長に詰め寄る。

「課長。ウチの車にはドライブレコーダーが積んであるんです。映像を見せてください。」



「いや、だめだ。お前も知っているだろう?事件に家族が巻き込まれた刑事は、その件から外されるってことを。」




「何があったのか、知りたいだけです。」



「いや、無理だ。」


暫く、同じ問答を繰り返していたが、とうとう課長は根負けをして映像を見せることになった。





哲也と課長は、映像を再生するために、捜査車両に乗り込んだ。

「テツ、映像を見たら、お前は事件が終わるまでは自宅待機だ。いいな?」


映像を再生する。

哲也は返事をせず、映像に食い入るように見ていた。



どうやら、声から車に乗っていたのは哲也の妻の奈緒、娘の静音、鹿島の妻の律子の3人であった。

3人は楽しそうに会話をしながら、家に帰宅する最中であった。

3人はいつも通りの何気ない会話、日常を送っていた。



――道の真ん中に黒く、蠢く”そいつ”に気づくまでは。

咄嗟に避けようとして奈緒がハンドルを大きく切り、車がガードレールに突っ込むまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る