第3話 ch3

「もう一杯いかがです?」

「飲む理由をお訊きします」種田は中腰からすくっとテーブルの横に立った。ウェイターが狭い通路を通り抜ける。

 澤村が指さす方へ、誘導に従った。この人物に隙を見せたくはない。キスをされる危険がある。そういう男。軽薄で本心を隠した身勝手なふるまいは誰が見ても明らかだ。それほどに中は純度の高い人が居る。

「お待たせしてしまって」いやはやと、鈴を鳴らして先輩刑事の鈴木が駆け込んだ。よく通る声でカウンターに戻るウェイターへ冷たいアイスコーヒーを、氷なし、ミルク、ガムシロップはいりませんから。「事務所はもぬけの殻なんですもん、一杯食わされたかと。帰りしな、秘書の方に合わなかったら、路頭に迷ってましたぁ」

「私はこれで」通路ですれ違い、二人は立ち位置を変えた。起用な鈴木は澤村への挨拶と汗をぬぐう動作、運ばれた水を飲み干した。

「人身事故と土砂崩れだよ」交通情報を鈴木は告げる。「高速は渋滞」振り返りかけた足が張り付いた。

 開きかけた口よりも鈴木は勝る。ビニールシートの背もたれに置かれた鈴木の腕、勝ち誇った顔はまるで自分が仕掛けた張本人。額に二本のしわを作ると、澤村が差し出す灰皿に「よろしいのですか?」私を見て囁いた。

10分。制限を設けた。発狂に手前で踏みとどまり、今後の生活に不安・恐怖、自分自身に落胆をした3名の女性相談者たちの、相談内容と彼女たちの素性を、警察が所有する権力をもって聞き出した。これらの内容はすでに頭で整理を終えた。話している端(そば)から一人ずつ、エピソードごとに収める場所を分けた。はじめに小さく一言に圧縮をしていた。指で触れるだけ、それだけで情報は開く。

 種田にとっては稀なことだ。彼女には思い出す、という概念が存在しない。上司たちは彼女をメモ帳の代わりに使い、帯同を許す。無口で融通の利かない、今どきの若者が刑事の職を与えられている現実がその理由。

 大きくあくび、澤村はチーズケーキを注文した。ウェイターは手早く淹れた注文の品をテーブル奥、窓側の席で首を長くしてお目当ての苦い黒い冷たい液体を欲する。

「なんだか話しにくいですね?」

「話すのはあなた一人です」

「すっきりしたら、僕からこの前の出来事がすっかりぬけだしてしまったみたいです」乾いた笑いをねめつけた。タバコの本数をひかえろ、この意味も込めてつもり。

「だったら、僕が質問をしてあげますよ」女性よりもお喋りと署内で揶揄される。女性がお喋りといつ誰が決めたかと、種田は考えた。言葉の概念が生まれたあとのこと。最近いわれ始めた傾向、統計か。

 ぺらぺらと話す男が二人とだんまりを決め込む女が一人、ここには例外が偶然にも一つ席を空けて、顔を突き合わせた。

 年齢、容姿、職業、澤村は早く糖分を補給したくて、思い出す速度を緩める。それでも鈴木は興味津々、うんうん、それで、はあ、なんとまあ、相槌か独り言を間に挟んでいる。

「新聞広告を見つけたんだそうです」ここだと澤村の顔が訴える。給仕係はウエイトレスに代わっていた。時刻は午後の3時を回る。通り雨は雲を残し、間より傾き始めた日が窓に注いでいた。

 載せてもいない探偵事務所の相談受付の広告が、一週間前の地方新聞に掲載されていた。澤村はせがむ鈴木を泳がせて、一瞥、正面の私に向け口を軽く引いた。

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