《夢海》の本地、《夢波》の際
ゆらゆらと、目に見える景色が曖昧にぼやけ、揺らぎ、歪んで、波打っている。しかもその色彩は玉虫色に彩めいていて、当に《
そしてユウ達はバラバラに浮かび、ユウ以外は眠るように瞼を閉ざしている。
「おかーさーーん!」
ユウの背後から、喧しい声を上げて、瑠璃色の髪を靡かせ、深い夜の海の底を浸したような瞳の人魚が、勢い良く螺旋を描いてユウの腰に抱き着いた。
「ぐなぁう!?」
下腹部に直撃を受けて、ユウが仰け反り、慣性を与えられて後ろへと流されて行く。
その側を、瞼を浅く微睡ませてエメラルドグリーンの瞳を覗かせる人魚が寄り添って游ぐ。
[夢海と夢波……? あんなアグレッシブモードの夢波初めて見たぞ]
[つか、ここ、どこだ?]
[夢海ちゃんが起きかけてるのもめずらしーねー]
ふむ、視聴者の殆んどが勘違いしているが、それを訂正すべきユウが痛みに呻くばかりで使い物にならないからな。まずは放置か。
ユウの腹には、抱き着いた人魚がぐりぐりと頭を擦り付けて、懸命に甘えて継続的にダメージを与えている。
そんな事をしている間に、ちらほらと他のメンバーが此方に意識を浮かべ始めた。
「んぁ……なんだ、ここ?」
セムが寝惚け眼を緩慢に開いて、眉を寄せた。
次いで巧が呑気に欠伸をして、フュリアが驚きに目を見開き、最後にゆらがじと目でユウを睨め付けた。
「つむぎゅ、うちまで巻き込んだな」
非難がましいゆらの声がユウを責めるが、ユウは人魚の研摩式頭突きを喰らい続けて声も上げられそうに無い。
「おー……夢波までも反抗期に入ったか。ツカ、キャラチガクネ」
セムの呟きが聞こえたのか、頭をユウの下腹部に埋め込んでいた未言巫女が、ウェーブした髪を靡かせて振り返った。
「わたしは、夢波じゃないのよ。夢波はあっちだもん」
少し舌足らずな言葉遣いで、
[まぁ、だよね]
[【夢波で堕とし】《夢海》ってこういう効果だったんか【夢海に沈めた】]
[いや、お前らの理解力が恐怖レベルなんだけど、ちゃんと解説してくれ]
[常識人に優しい人はいないのか]
「えっと、店主様、どういうことなんですか?」
「み?」
巧に疑問を投げ掛けられたユウは、分からないの?、とでも言いたげに首を傾げて円らな瞳を見せた。
「みんなを《夢波》で眠らせて、《夢海》に沈ませただけよ。これから《夢海》を通って、あの泣き虫を叱りつけにいくからね」
《夢海》の効果は、自分の夢から潜り込んで、対象の夢へと渡るものだ。
夢とは、意識の領域、精神の領域である。外からの影響は何も与えられないが、内面への影響はいとも容易い。
「さ、《夢海》は制限時間付きだから、ちゃっちゃかいくよー」
本来は直接、相手の夢へと辿り着く《夢海》だが、今回はユウの夢に一度皆を集めてから、《バンシー》の意識領域へと向かう為、移動の必要が出ている。
魔女の箒を取り出したユウは、魔力で波を起こして、仲間を絡め取り、一挙に移動を始めた。
「うお、流れるプールみたいだな」
夢海の中に起こした流れに巻き込まれたセムは、自分で動かなくても良いからと、だらけきった体勢になった。
逆に流れに一々反応して体を動かしてしまう巧の方が、体が回転してしまって忙しく向きを戻そうと努力して、またそのせいで体が傾き、目を回している。
「つむぎーぬ、つむぎーぬ」
「はいはい、ゆらにゃー」
「夢の中だから、夢海は起きてんの? それなのに夢波はいつも通りに寝惚けてるな?」
ユウは声を掛けて来たゆらを、夢流で手繰り寄せて箒の柄の先に招いた。
そしてゆらの問いには、ユウの背中に寄り掛かって揺蕩う夢海が応える。
「夢海はね、夢そのものだからこっちが本地なのよ。でも、夢波は水面や浜に起こるもの、海の辺域、他との狭間に起こるものだから、夢波は現と夢のどちらにもあってどちらにもない存在なのよ」
夢海は、沢山の知識があるのが誇らしいと言わんばかりの、幼気な自慢顔で語る。
けれど、ゆらは今一、分からなくて、目を瞬かせる。
「やべ、紡岐さんの言葉並みにわからんこと言われた。さすが親子」
「がーん」
普段から理解されてないと宣言されたユウは、態々口で落ち込んだ気分を表現した。
「店主様は、もっと難解な単語を使われますし、もっと自信を持って語られますよ?」
そして巧がフォローの振りをして、追い討ちを掛けて来た。
ユウは悲しさを湛えた瞳で巧をじとっと睨む。
それに対して巧は、にへらと相貌を崩した。
[これ、なんか既視感があるぞ]
[遥ちゃんがよくやるやーつ]
[なんだ、同類か]
[未言屋って、自分への非難を好意と読み違えるのが特徴なのか?]
そんな厄介な特徴を持った生き物は何個体も要らない。二人でも多い位だ。
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