第3話 科学部、タイムスリップする!

「だからね、金太。あれは巨大ななの。わかる?」


 シダなんぞより、姐御が教授から離れたことの方が、金太的には嬉しい。


「シダっすか。それなんすか?」

「中学で習ったじゃないのよ! それ以前にワラビとかゼンマイとか食べたことないの?」


 姐御は『イラッ』としたことを全く隠そうともしない。


「え? あれ、ゼンマイなんすか?」

「その仲間!」


 姐御がキレる前に慌てて二号が割り込む。


「だからねー。オイラや金太の知ってるシダ類はさー、茹でて3cmくらいに切って鰹節とお醤油で食べるとかー、ナムルに入ってたりとかー、そうやって食べるでしょー? でもさー、20mのシダ類って食べないよねー? 大体、そんなの生えてないよねー?」

「山に行けばあるんじゃないすか?」


 あの温厚な二号の額に怒りの筋が入ったのを察した教授がさらに割り込む。


「無い。21世紀の地球上に於いて、あれほどまでに大型化したシダ類は存在しない。つまり、ここは21世紀の地球上ではない。そこから推測される結論は二つ。一つ、ここは地球ではない場所である。一つ、現在は21世紀ではない時代である。理解したか、金太?」

「ったく、そこまで言わないとわかんないの、このピテカントロプスは」


 という姐御の小さな呪詛が金太に届こうはずもなく、「了解でーす!」と言いながらフロントダブルバイセップスを決める彼に、誰も次の説明を投げかけることは無い。


 何? フロントダブルバイセップスがわからない?

 そんな読者諸君の為にこの物語では作者の分身である『解説君』が偶に割り込むことになっている。簡単に言うと『※1』などの注釈があると、あっち行ったりこっち戻ったりして、流れがわからなくなってしまうからである!


 では解説しよう。

 フロントダブルバイセップスとは、ボディビルに於けるポージングパターンの一つ、正面(フロント)から上腕二頭筋(バイセップス)を美しく見せるポーズである。以上!


「現在ハビタブルゾーンに存在する天体の中であっても、生命体が確認できているものはないから、これは地球と考えていいかなー?」

「いいと思う。実際あの辺のシダ類は現在も存在するし、全く同じ進化を他の天体で辿る確率の方が低いと思う。ね、教授?」

「そうですね、その確率は分母にして天文学的な数値になるかと思います」

「ちょっと待った、そのハッピーブルブルゾーンってのはなんすか?」


 姐御が「いちいちめんどくさいゾウリムシね」とあからさまに顔に出しつつ二号に視線を送る。


「んーとね、ゴルディロックスゾーン とも言ってねー、日本語で言うと『生命居住可能領域』のことー。惑星の表面温度がH₂Oを液体の状態で保てる温度であることが絶対条件になるかなー」


 解説しよう。

 ゴルディロックスとは、イギリスの童話『三匹のクマ』に出てくる女の子の名前で、熱すぎず冷たすぎないスープが飲みたいという超わがままガールのことである。転じて『ちょうどいい』ことを示す言葉にもなっている。以上!


「簡単に言えば、生命の存在が可能となる領域のことだよ」

「あー、さすがに教授は端的だねー」

「これくらい簡単でないと金太サルにはわかりませんから」


 酷い言われようである。


「で、それが地球くらいしかないってことっすよね?」

「そだねー」

「だから21世紀の地球じゃないっていう結論に達したのよ。理解した?」

「な、な、な、それって簡単に言ったらタイムスリップしたってことっすか?」


 最初からそう言ってんじゃないのよ、このオカメミジンコ! と顔に書いてある姐御を刺激しないように、二号と教授が黙って頷く。


「じゃあさー、これから21世紀に戻るまでどれだけ時間がかかるかわからないから、優先順位をつけて効率的に動くことにしようかー」

「そうですね」


 こういうところは小学生に見えてもさすが部長である。脳は優秀な高校二年生だ。


「まずは全員スマホの電源切ってー。いざって時のために電池残しとこうねー。それと、腕時計はみんな持ってるー?」

「あたしはあるよ」

「俺もっす」

「僕の時計は方位磁針付きです」

「それは最高だねー」


 二号はくるりと振り返り、雑木林ならぬ『雑シダ林』を睨みつけると、声高らかに宣言した。


「オイラたち科学部をなめるなよー。必ず攻略してやるからなー」


 再びくるりと仲間の方を向き直ると、いつもの調子で笑顔を見せた。


「さて、それじゃ、年代の特定に行こうかー」

「そうね」

「金太を先頭にしましょう」

「え、俺?」

「あんたレスリング部だったんでしょ」

「柔道部っす!」


 かくして、彼らは脳筋金太を先頭に雑シダ林に向かったのである。

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