科学部!
如月芳美
第1話 科学部、実験する!
今日も何か怪しげなことをやっている。勿論彼らである。
校庭の端にずらりと並ぶ運動部の部室(と言ってもプレハブ物置だが)の一番奥にある『科学部』の部室。
元々、一番端だった野球部の部室の更に奥に『科学部部室』というのを作ったが、日々怪しげな実験をしては、煙が漂ってきたり、爆発が起こったり、怪音が響いてきたりするので、野球部が校長に懇願してその『科学部部室』を『科学部物置』とし、更にその向こう側に『科学部部室』を増設したのである。……誰も科学部の隣にはなりたくないというヤツである。
さて、その科学部。部員は成績優秀で人当りもよく、非の打ちどころのない生徒たちである。当然他の生徒への配慮も欠かさない。
彼らの実験は『部室を破壊してはならない』『他の部に迷惑をかけてはならない』という慎重な姿勢から屋外で行われることが多く、科学部部室の更に奥の、ほぼ雑木林と化している辺りで行われる。過去の実験による爆発・炎上・その他各種想定外の出来事により、その雑木林の一角には八畳分くらいの植物の生えないスペースがある。そこは暗黙の了解で『科学部以外立ち入り禁止区域』とされている。勿論そんなことを言われなくとも、近寄ろうとする猛者など誰もいないのではあるが。
そして今日も例に漏れず、その『科学部スペース』から何やら楽しげな声が聞こえてくる。
そこから『楽し気な声』が聞こえてくると、何故か(というか必然的にというか)校庭の科学部スペースに近いエリアは人口密度が極端に低くなる。校庭をランニングしている連中もなぜかその近くは大きく迂回していくのだ。理由はほぼあなたの想像通りなのでここは割愛しよう。
さてそれでは、彼らの本日の実験を覗いてみよう。今日は真ん中の鉄板を囲むようにアルミ蒸着の日傘や反射板が何枚も周りに置かれ、すぐ横に準備された
いつものように科学部の紅一点、2年A組の『
「あたしの姉ちゃんの日傘じゃイマイチかな」
「そんなことないすよ! 姐御先輩は存在自体が正義っす」
「てか、
恐らく後半は実験とは無関係な個人的苦情である。
「邪魔ならいっそ、俺と姐御先輩が、こう、ぎゅっとくっついて……」
「は? 寝言は寝てから言いなさいよ」
「寝てから? それは俺を誘ってるんすか?」
「は? なんであたしがマウンテンゴリラと交配しなきゃなんないのよ。そーゆー趣味無いから、オランウータンのメスでも探しなさいよ」
そこへ性別不明なハイトーンの声が割り込む。
「つーか、金太、ほんとにそこ邪魔かもしんないねー」
「あ、すいません、
「コロスよー」
190cm96Kgの
「そろそろ鉄板がそれなりに熱された頃かと思います。二号先輩、どれから行きますか?」
「じゃあ、オイラの好きな卵ねー」
「了解しました。姐御先輩はどうしましょう」
「あたしマシュマロ!」
「了解しました。金太、卵とマシュマロを」
「うっす! って教授がやればいいじゃねえか」
「僕は反射板の管理をしなければならない。金太は全く何の役にも立たないだろう。少しは働け。姐御先輩が見てるぞ」
「あ、卵っすね! はい! やります!」
この金太を顎で使っている男子は彼と同級生であり、つい三日ほど前に柔道部だった文系の彼をこの科学部に引っ張り込んだ張本人である。それというのも金太が姐御に一目惚れしてしまい、どうやったら彼女に接近できるかと相談を受けたからなのではあるが。
そしてその教授、実はそれなりに高身長なのだが、いつも金太と一緒に居るため大きくは見えない。その上ひょろひょろとモヤシ体形で銀縁眼鏡なんぞをかけ、白衣まで着込んでいるものだから、『教授』というあだ名があまりにも似合い過ぎている。
かくして、たった三人しかいなかった科学部は二号、姐御、そして1年生の教授に続き、教授が連れて来た金太で四人になったわけだ。めでたしめでたし。
「科学部っていつもこんな遊びみたいなことばっかりしてたんすか?」
「遊びじゃないよー、これは太陽光の集光によって熱せられた鉄板で、どの程度の料理が作れるか、バーベキューによって確かめよう、という試みだよー。料理は科学。そして食事も科学。排泄まですべてが科学だー」
流石部長の言うことは尤もである。誰でも知っていることではあるが、そういうところをいちいちツッコんではいけない。
「二号先輩、早くも卵が焼けたようです。ここまで僅か1分58秒。先に金太に毒見をさせた方がいいかもしれません」
教授は背負ったリュックからノートを取り出し、実験の成果をメモしながらも、ちゃんと先輩の体調を気遣っている。彼はいつもこの謎リュック(実験器具が入っているらしい)を背負って実験に挑んでいるのだ。
「オイラなら大丈夫だよー。姐御は?」
「あたしも大概のもんは平気。それにマシュマロなんて焼けてなくても食べられるし」
科学部たるもの、そんな些細なことを気にしてはいけないのである。
「卵も生で食べられますからね。金太、ボサッと突っ立ってないで、皿に取って先輩にお渡しして」
「あ、はい」
「は~、全く気の利かない」
「教授って結構毒舌よね。そんなところが好きだったりするけど」
「えええっ? 姐御先輩、こんなやつが好きなんすか! この毒舌野郎がすか?」
「うん、脳筋バカよりも毒舌の方がいいかな」
「うっ……うっ」
二号が必死に背伸びをして金太の頭をナデナデ……届いていなさそうである。
「金太ー、オイラの卵あげるから泣くなよー」
「二号先輩……いい人っすね」
二人の会話を華麗にスルーして、教授がペットボトルに入った黒い液体を二号に差し出す。
「先輩、科学部で醸造した醤油です。これでお召し上がりください」
「あ、あたしが作ったヤツ~。去年大豆から育てたんだよ~」
「マジっすか、めっちゃ凄いっす!」
「金太も食べていいわよ」
「ありがとうございます!」
「ねえ、教授もこっちに来なよ~。あたしのと・な・り!」
「はい、では失礼します」
「あ、てめ、そこは俺の」
「脳筋はホットケーキ焼いてね」
「はいっ!」
どうやら先程のボウルに入った白い粘性の液体は、ホットケーキミックスを溶いたもののようだ。
姐御が教授の腕をその巨大な胸で挟むかのように絡みつくのを見て、金太が歯ぎしりをし、二号が「よしよし」と慰め、なんやかんやで誰もがこの時を楽しんでいた……筈だった。筈だった!
こんなに天気のいい日にこんなことが起ころうと誰が予測したであろうか。気象を専門としている二号でさえも予期できなかったのだ。
この鉄板に向けて、いきなり雷が落ちようとは!
凄まじい轟音とともに目のくらむような閃光が辺りを支配し、校庭で走り込みをやっていた運動部の連中が一斉に伏せた。
彼らが恐る恐る顔を上げると、先程まで盛り上がっていた筈の科学部の四人は跡形もなく消え、鉄板とその周りにあった金盥や日傘などもまとめて消滅していた。不気味に白煙を一筋上げたまま。
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