カラードの乱~黒人武芸者の革命譚~

暁烏雫月

序章

プロローグ

 宮殿の中は騒然としていた。反乱軍が侵入し、その対処に追われているからだ。宮殿内部には敵味方多くの武芸者が入り乱れ、様々な武器を交えている。負傷者や死者は手当されること無く床に転がっていた。武芸者達の布製の服は戦闘によって傷つき、血で赤く染まっていく。


 刀剣類を交える者がいれば弓矢を構える者もいる。弓や銃で遠くから敵を狙う者、刀剣や槍で激しい接近戦を行う者。金属のぶつかる音や人とは思えぬ奇声、銃声などで宮殿は非常に騒がしくなっている。敵味方の区別は額に布をつけている事でしか区別できない。


 そんな混乱している宮中に足を踏み入れる者がいた。よほど慌てて来たのだろう。息を切らしていた。呼吸を整えながらも武器を構え、息切れした状態で声を上げる。


「皇太子は、どこにいる!」


 それは明るい金髪をした黒人少年だった。銀色の目が宮中の状況を鋭い眼光で捉える。反乱軍のトップである皇太子の姿を探すためだ。だが皇太子の姿が見えないのと、あまりに酷い宮中の有様に行動を変えた。今は反乱軍に押され気味の味方を援護すべきと判断した。


 その少年はすでに傷を負っていた。左の太ももに雑に巻かれた包帯はすでに赤く染まっている。全身にある浅い切り傷は手当がされておらず、血が流れたまま。よほど足が痛むのか動きが鈍い。それでもメリケンサックを握り、動く。


「『神の眼』が来たぞ! 踏ん張れ!」


 戦っているうちの誰かが一声叫んだ。それに呼応するように味方がいくさ咆哮ほうこうを上げる。たった一人の介入で、押され気味だった味方の士気が一気に高まった。その咆哮は宮殿の最上階にある謁見えっけん室にまでとどろく。


 黒人少年は痛む足を庇いながら拳を振るう。足を怪我しているせいかその動作にキレがない。それどころか足がうまく動かないために攻撃一つまともにかわせず、さらなる傷を負う。反応が間に合わないのだ。何より大人数相手に個人戦向けの体術では効率が悪すぎる。


 この戦場に皇太子の姿が見えないことから、皇太子は既に謁見室に向かっていると考えられた。皇帝を援護するためにも、ここで一人でも多くの反乱軍を阻止する必要がある。時間がないため、一人一人を丁寧に相手する余裕はない。


 その時だった。彼を庇うためなのか、黒人少年と背中合わせに立つ者が二人現れた。どちらも武芸者と呼ぶには少々頼りない。だがそんな二人の存在に気付いた黒人少年は一つの決断をする。


「替わる」

「安心して替われ。僕でも少しは戦える」


 戦場で隙を見せるのは自殺行為だ。わざわざ相手の体勢が整うまで待ってくれる者など、物語の中にしか存在しない。故に黒人少年は僅かな隙を味方に任せる。文字通り、背中を預けた。その刹那、黒人少年のまとう雰囲気が一変する。


 手に持っていたメリケンサックを素早くしまい、代わりに刀を構えた。その銀色の目が反乱軍の様子を、武芸者の強さを見極めるべく見据える。少しでも早く戦いを終わらせるためだ。黒人少年は無邪気に笑いながら残酷なことを背中に問う。


「ねぇ、殺してもいい?」


 その言葉が、その日最後の開戦となる合図だった。

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