2こんぶ:桃色の真実

体験入部期間中の為、朝のホームルームが済んだ後は早速部活の時間だ。活動内容を誰かに話したら殺されるとくれば、サボったならどんな目に遭うことか。結果、新入部員の1人も欠けることなく、本日が初顔合わせとなる2年生・3年生と共に部活は始まった。


第1王子は怖い雰囲気だったけど、第6王子に見せた微笑みーーと敢えて言い張るーーは素敵だったし、顧問とのやり取りは兄に頭が上がらない弟といった感じで部長の可愛さが楽しめた。部員の資格とやらが失われなければこれから3年間も存分にイケメン兄弟を拝めるのだ。何としても生き残ってみせる。


部員の出欠を取ったアルヴィン部長は名簿の挟まれたバインダーを副部長に渡すと、


「2年・3年は上の兄さん達が出した宿題を片付けといて。1年は僕がつれて行くよ」

「分かりました。ちなみに私達はいつから再開でしょうか」

「宿題提出とお見合いは来週だってセシル兄様が言ってたよ。それまでは僕だけで我慢してくれる?」


アルヴィン部長が上目遣いで問うとーー座っているので必然的にそうなっただけだと思うけど、偶然とはいえあざと可愛いーー先輩方は頭がもげる勢いで首肯する。部長が「ありがとう」とウインクすると数人から悲鳴があがった。内1人は副部長だ。先輩方は上級生だけあって既に推しの王子様がいるらしい。副部長はアルヴィン派閥所属のようだ。


部長が「さあ、みんな。ついて来てね」と上機嫌で新入部員を引き連れて歩く。カッコイいい2年生を筆頭にした12人の女子の群れは目立つこと目立つこと。遠巻きに部長を眺める人もいれば、慌ててスマホを構える人もいる。


「これって何の部活ですか?」


部室がある旧校舎4階から1階に降りている途中、踊り場で1年生に声を掛けられた。


「ひがわりこんぶっていう部です」

「あの先頭の人も部員?」

「正確には部長です」


私の答えを聞いた瞬間に女子生徒は階段を駆け降りていく。気になって身を乗り出すと彼女が部長を呼び止めるのが見えた。何やら必死の形相で話す女子生徒、首を振る部長――はつむじしかここからだと判別出来ないので、表情までは分からない。肩を落とした生徒の両手を自分のそれで部長が包み込む。数秒、沈黙。アルヴィン部長が何か話しているのだろうか。相変わらずつむじしか判断材料がないので状況が掴めない。


急に、前触れなく彼女がへたり込むと同時に嬌声の嵐。芸能人でも紛れ込んだかのような騒ぎだ。部長は動じず周囲に手を振りながら新入部員が降りて来るのを待っている。凄いなあの人。1歳しか違わないのに堂々とした振る舞いが様になってる。


何事もなかったかのように部長が先導し、渡り廊下を歩く。新校舎の1階に着き、図書室を抜け職員室を素通りし、応接室を通り過ぎた。人気が全くない廊下の最奥、重厚な扉はひょっとして……。


扉に辿り着く前に向こうから開いた。中から頭が桃色の男性が出て来る。パンフレットで見たことがある。スラデミア学園の理事長こと第3王子だ。


「やあ、アルヴィン。大名行列の目撃情報が届いていましたよ」スマホを掲げる。メッセージアプリの画面が見えた。

「誰がサイラス兄さんに報告するんだろう」

「教師ですよ、当然でしょう。生徒さんとは個人的な繋がりは極力持たないようにしていますからね――ああ、勿論皆さんは別ですよ。これから少しずつお近付きになりたいと思っていますから」


理事長は全員を部屋に招き入れる。隅にはスーツを着た金髪の男性が控えていた。部員12人と部長、理事長に金髪イケメンがいても余裕な広さだ。


「新入生の皆さん、まずは入学おめでとう。そして入部ありがとう。突然のことで驚いているでしょうが、逃れられない運命なので割り切って楽しんで下さい。それに花嫁の資格を失えば退部出来ますし、その際にも記憶を抹消するだけで命は消しません――ほら、アルヴィン。皆さんがほっとした顔をしているじゃないですか。また言い忘れていましたね? しっかりこういうことは伝達しないと駄目ですよ。騙し討ち同然で入部させられているのだから、不安は積極的に取り除いていかないと」


(凄い、流石理事長だ。割と常識がありそう。髪の色は異世界人でぶっ飛んでいるけど、頭の中身は普通っぽい。というよりあれは地毛? 生まれ付きの色? どぎつい原色ではないにせよ、淡いピーチは理事長ぐらいの年齢だと結構勇気のいる色だと思う)


「そういうのは顧問がするものじゃないの」

「部長は君でしょう。屁理屈を捏ねるんじゃありません」

「あ、ちょっと! 頭ぐしゃぐしゃにしないでよ!」

「触り心地がいいからつい」

「ペットじゃないんだから!」


頭を撫でられ、形だけの抵抗を見せる部長。恥ずかしそうにしている顔が可愛い。兄弟のじゃれ合いを見ていたら理事長の髪の色なんてどうでも良くなってきた。何て癒される光景。動画撮ったら怒られるかな。


「ああ、失礼しました。6と7の弟に関しては我を忘れてしまう癖がありましてね」アルヴィン部長を後ろから抱き締めながら笑う。「ここでは弾む話も弾まない。イルメラ、皆さんを隣室に」


隅に控えていた男性が「かしこまりました」と言った。声を聞いて初めて分かった。イルメラさんは女性だ。男装の麗人というのだろうか。王子様達とは違った趣のイケメン(女性だけど)だ。


「従僕長のイルメラがご案内します。彼女について行って下さい」


未だに部長をハグしたまま理事長が言う。部長は諦観の表情で抵抗の気配すらない。


「これから基本的には毎日王家の誰かしらと過ごして頂きます。勿論1対1でね。今日はわたしの番なのでお手柔らかに。時間になったらお呼びしますので、それまでは隣でお待ち下さい」


理事長はアルヴィン部長を解放すると応接セットに陣取り、部長は「サイラス兄さんとの話が終わったら今日は解散していいからね」と言って立ち去った。残された私達はイルメラさんに連れて行かれ、隣室で大人しく待つことになった。順番に部員が呼ばれては理事長室に赴く。面接試験でも受けるみたいだ。これでお眼鏡に叶わなかったら合格取り消しとか言われたら笑うしかない。


とうとう呼ばれて隣の部屋へ。理事長はカップを優雅に傾けていた。何か飲むかと訊かれたけど遠慮して、勧められるがまま、理事長の真向かいのソファにちょこんと座る。その様子をじいっと眺められ、居心地が悪くて少しもぞもぞしてしまった。


「改めて初めまして。第3王子で理事長のサイラスです」

「泊です」


間近で見るとピンクの破壊力がとてつもない。染めているのだろうか。将来禿げそうで心配だ。自分には全く関係ないけど。


「髪にゴミが付いてる」


視線を向けているのがバレたのか理事長がそんなことを言う。慌てて首を振った。


「いえ、そんな! 何も付いてませんよ」

「いやいや、わたしのじゃなく君の髪に」

「ホントですか? えーと、どの辺に……」

「そこじゃなくてここ」

「ここ」

「いや、ここ」

「ここ?」

「違う、そこ」

「どこ?」理事長の指の先を必死で触るが分からない。

「……失礼」


遂に理事長が立ち上がって近付いてきた。一言断ってから髪に触れてくる。


(ふわ……何の香水だろう。イイニオイ……)


「泊さん、訊きたいことがあるでしょう? 一つだけ質問を許します。言ってごらんなさい」


うっとりしていると理事長が尋ねてきた。ぼうっとしたまま答える。


「地毛ですか?」

「何ですって?」灰色の瞳が大きく見開かれた。


理事長がびっくりした以上に私が驚いた。何を普通に失礼なことを訊いてるんだ! それでも促されればするっと言葉が口から出ていく。おかしい、だけど止められない。


「頭、ピンクに染めてますか? それとも地毛ですか?」

「……何故そんな質問をしたいと?」

「もし染めてるなら将来禿げないか心配だからです」


理事長は数回瞬きすると顔を背けた。無言だったけど次第にぷるぷると肩を震わせ始め、ややあって吹き出した。髪から手を放し、隣に頽れるように腰掛けると爆笑する。


(ロイヤルな人は馬鹿笑いにならないのか。凄い。結構しっかり笑ってるけどちゃんと品がある。見習おう。いや、やっぱ無理だわ。生まれと育ちが庶民じゃ無理だわ。ゲラゲラ笑いにしかならないわ)


相手の笑いの発作が治まるまで存分にイイニオイを堪能させて貰う。漸く笑いも小さくなり、ハンカチで目元を押さえて理事長が大きく息を吐いた。


「すみません、28年間生きてきて初めてそんなことを訊かれたもので驚いてしまいまして。失礼しました」

「あ、いえ、大丈夫です」

「ふ……くくっ。折角質問を……ふふっ、受けたのですから……こほん! お答えしましょう。わたしの髪の色は生まれ付きのもので染めてはいません。また将来の心配は不要です。父は晩年になっても地肌が見えていませんでしたから」

「そ、そうですか。あの、すみませんでした、変なことを訊いてしまって」

「お気遣いなく。妖精や精霊との混血は髪がカラフルになるのですよ。あちらの世界でも確かにこういった色合いは稀です。それにしても」理事長はついっと身を乗り出してきた。「新入生の誰もが無難ながら核心を突いた問いを投げ掛けてきたのに対し、君は随分と暢気なのですね」

「お気楽だって良く言われます」主に母に。

「でしょうね」


(そこは否定してよ)


「面白い子ですね、君は」

「はぁ、それはその、どうも。それで部活のことなんですけど――ひぇっ」


背もたれに縫い付けられるようにして理事長が覆い被さってくる。思わず変な声が喉から漏れた。


「問いは1つだけしか許さないと言った筈です。その続きはまたの機会まで待ちなさい」

「は、はい。分かりました」

「宜しい。では今日はこれまで。もう帰って結構ですよ、泊さん」

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