第29話 出立

「急いでいるならウクピーを貸してやろう」


 魔王が胸を張り自慢げに言った。


「何ですかそれ?」

「騎獣じゃ、それなら3日もあれば王国に着くだろう」

「ぜひお願いします」


 シャインは頭を下げて礼をした。


「ついてこい」


 魔王とシャインが歩く、その場にいたフリージアとネオスもついてきた。

 城の裏手に大きな厩舎が二棟あった。

 その一つに魔王が入っていく。


 ぶるるっ、という馬の鼻息が聞こえた。戦争時に乗っていたバイコーンという馬だ。

 間近で見ると通常の馬の倍ほどはあるのではというぐらいでかい。


 小屋の中は柵のようなものはなくちょっと怖い。

 バイコーンもシャインたちに警戒を示したが、魔王を見ると飛ぶように駆けてきて、頭を差し出した。

 近くで見ると黒い肌は艶が良く、銀髪の毛並みは美しくよく手入れがされていることが分かる。

 魔王が撫でるとじっと動かずに、魔王の髪をクンクン嗅いでいる。


「貸してくれるのはこの馬ですか?」

「は? バイコーンは超レアの幻獣だぞ。貸すわけがないだろう。ウクピーは隣の小屋だ」

「……」


 じゃあ、なんでここに入ったんだというシャインの視線は気にせず、魔王はバイコーンと名残り惜しそうに別れると、隣の小屋に移動した。


「ここにウクピーがおる」


 中に入ると、3メートルはある巨大なヒヨコがいた。目は丸く、ぎょろっとしている。頭頂部が剥げて王冠のようになっている。

 

【ジャイアントウクピー】

別名キングウクピー。ウクピーの進化版。飛べないが、地上最速を誇る脚力を持つ。


『クエエッ』


 魔王を見ると嬉しそうにドタドタと体を揺らして寄ってきた。魔王がよしよしと腹部を撫でる。


「なんだこのハゲチョ○ボは」


 ぶふっ、と後方から噴き出す声が聞こえた。


 ――んん?


 ネオスの声だ。

 他の二人は「?」という顔をしている。もう一度試してみる。

 シャインはウクピーに近寄って隣に立った。


「ハゲてるやないか!」


 漫才風にツッコむ。

 後ろの3人はシーンとしている。


 ――気のせいだったか。念のためもう一回。


「落武者か!」


 すふふ――、極力声を抑えて息を吐き出すようなネオスの笑い声が聞こえる。


  こいつ、怪しいぜ? シャインは思った。


「――あ、こら」


 その時、魔王の焦った声が聞こえた。


 シャインの腹部にウクピーの前蹴りが炸裂した。

 強烈な衝撃で跳ね飛ばされ壁に激突する。


 全員の顔から血の気が引いた。

 すぐにシャインが起き上がる。

 それを見たフリージアが口を開けて唖然としている。


「……相変わらず馬鹿げたタフネスじゃな」


 魔王が呆れ気味に言う。


「いって〜、いきなり何するんだこの鳥」


 アクティブサークルに頼りっきりなのはよくないと考え切っていたのが災いした。ダメージ軽減まで切っていたら重傷を負っていたかもしれない。


「ウクピーは人語が分かる。お前が悪口を言ったと思ったのじゃ」

「……それは、すいませんでした」

「特に頭のことは気をつけろ。昔、兄弟に苛められてできたもので気にしておる」

「そういうヘアスタイルじゃなかったんだ」


『クエッ』


 そうだと言わんばかりにウクピーが鳴いた。


「こいつがウクピーじゃ、生半可な鍛え方はしていないからワイバーンくらいなら蹴散らすぞ。いざという時には食料にもなる便利なやつじゃ」


 食料という言葉にウクピーがビクッと反応し、魔王に顔を擦りつけながら嫌々している。


「かかか、冗談じゃ」


 魔王が楽しげに笑う。


 ――さすがに魔王は蹴らないんだな。


 そんな冷ややかなシャインの視線に気づいたのか、ウクピーはくっとシャインに向けて胸を張った。


「ウクピーこいつを王国まで乗せて行ってやってくれ」


『クエェ……』


 明らかにテンションが下がった様子。


「僕も同行していいかな?」


 ネオスが言う。


 ――え、あなたも来るの?

 戦争中いきなり発狂したりするし正直足手まといなんですが。


「それがいいだろう」


 魔王が賛同した。

 ネオスも行くことになった。



 大人二人が乗れるほどの鞍を付けて、二人乗りをする。


「普通は迂回して南路からいくのだが、真東の草原を突っ切った方が早い。魔獣くらいなら蹴散らしてくれよう」

「ありがとうございます」

「王国には蘇生魔法を使える者がいる。もしいたら勧誘してくれぬか。破格の条件を提示するぞ」

「その破格の条件で募集したらいいのでは?」

「既にしておるが誰も来ないのじゃ、本当に破格の条件なんだぞ。サキュバスもつけてやるというのに」

「分かりました。いたらスカウトしてみます」

「うむ頼んだ。王国で無理して掴まるなよ。奴らは死を弄ぶ」

「肝に銘じます。他に気をつけることはありますか?」

「王族の血縁者に強力なスキルを使う者がいると言われている。25年ほど前に大きな戦争をしたが、よく分からんうちに7人のサキュバスが殺された」

「戦争は負けたんですか?」

「負けるはずがないだろう、王国軍に地獄を見せてやったわ」


 ふっふっふと魔王が笑う。目が思い出したように怪しく光る。

 シャインはなんか想像がついて顔を引きつらせた。


「あ、ありがとうございます。戦いにならないように気をつけます」


 魔王に見送られ、出発した。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


<アレクサンドリア王国、王都カノンにあるニコラウス卿の屋敷>


「匿ってもらい、ありがとうございます叔父様」


 リリーナが感謝の意を示す先には、悠然とソファーに腰かける男がいた。

 茶髪のロン毛で薄っすらチョビ髭を生やした一重目蓋の中年である。


「なに可愛い姪の頼みだ」

「ところでお父様はどちらにいるんですか?」

「今はいない、戻るまでゆっくり休んで長旅の疲れをとるといい」

「はい、ありがとうございます」


 メイドに案内されリリーナが退出した。

 貴族の男が脇に控える執事に目を向けた。


「逃げられんように地下牢に監禁しておけ」

「よいのですか? 姪では」

「わたしに姪などいない。あれはただのサキュバスだ。しかしそそる身体をしておったの」


 ニコラウス卿が昔、魔王国で一度だけ受けた接待を思い返し、恍惚な表情をした。

 主人の意図を理解し執事が青ざめる。


「あ、相手は魔族、それはあまりにも危険でございます。せめて手足を切り落としてはどうでしょうか?」

「そんなもったいないことができるか。サキュバスというのはな極上の女なのだ」


 何を言っても無駄。そう悟った執事が額に汗をにじませた。


「では徹底的に弱体化させ、呪われた――〈体力の首輪〉でMPを下げてからにして下さい。坊ちゃまを危険に晒しては先代に合わせる顔がございません」


「心配症だなお前は。しかし……さすがハッサン、グッドアイデアだ。それでいこう」


 ニコラウス卿は満足げに頷いた。


「よし調教は私自身が行うぞ。神官の手配を忘れるな」

「かしこまりました」


 ニコラウス卿が欲望をぶつける対象を思い出し黒い笑みを浮かべた。

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