第27話 終戦

「来たぞ!」


 シャインが叫んだ。法国軍の歩兵と、オークロードが守る左翼先頭が激突する。大きく崩れることなくオークロードは辛うじて一波目を防いだ。


 突如、たくさんの蹄の音で地響きが起きる。

 見ると戦場の外から数百の騎馬隊がシャインに向かって突撃してきた。初めに言われた伏兵だとシャインは判断する。これを見越して真ん中は厚めに布陣していた。屈強なリザードマンも近くに置いている。

 できる限りのことはしたが、シャインは不安を感じていた。

 本物の戦争を知らないせいかもしれない。

 迫ってくる法国兵の鬼のような形相を見た時、不安が確信に変わる。


「迎撃せよ!」


 シャインはそれを振り払うように叫んだ。

 

 騎馬と激突した瞬間、ゴブリン側が吹き飛ばされた。

 騎兵と歩兵という不利、装備、体格格差、何より突撃を受けた陣形が悪い。ゴブリンたちが一方的に蹂躙される。士気が見る間に低下していく。

 近くにいるリザードマンたちが尻尾と槍を振り回し辛うじて善戦している程度で、法国兵による一方的な虐殺が始まった。

 

 どうすることもできない。シャインは言葉を失った。

 周囲から助けを乞う目を向けられるが動くことができない。


「いやっああああああっ」


 突然、ネオスが叫びながら頭を抱えてうずくまった。


「ネオス!?」


 シャインが叫ぶ。


 ちょうどその時、横っ腹を突き進んできた騎馬隊がシャインのところまできた。


『指揮官を討てー!』

『死ねぇ!』


 迫る騎兵が叫ぶ。

 騎馬隊はシャインとネオスに二手に分かれて突進する。


 負ける、シャインはそう直感した。

 カイの、可愛らしい笑顔が走馬灯のように頭を過ぎる。


 ――約束したんだ。こんなところで死ねない!


「我こそが魔王が息子、シャイン・インダークである!」


 シャインは高々とダガーを振り上げて叫んだ。<幻影:装飾>を解き白銀に輝くデスナイトアーマーを見せ、誰が指揮官であるかを知らしめた。

 シャインの叫びは周囲の騎馬隊の注意を引きつけた。


《ダークネス・キングダム》


 半径50メートルのドーム状の闇が戦場の一角を包む。

 その中では一人を除いて誰も動けなかった。馬はパニックを起こし次々と騎兵が落馬していく。


 光が戻った時、シャインの周りでは数人の騎兵の首が落ちていた。


 シャインは落馬した派手な騎士に向かって駆け出した。


「おのれ!」


 派手な騎士――法王軍の指揮官がランスを構え迎え撃つ。

 初撃を避けたシャインは、懐にもぐりこみ鎧の上からオリハルコンダガーの連打を叩きつける。

 みるみる指揮官のHPが削れてゆく。そしてこと切れた人形のように前のめりに倒れた。

 周りの法国兵が唖然とする。嘘だろ、という声が漏れる。無理もない、軍内では圧倒的強さを誇る指揮官が、少しこ突かれた程度で倒れてしまったのだから。

 シャインが倒れた指揮官の首を跳ねて冗談ではないことを知らしめる。


「すぐに魔王様が援軍に来るぞ! 押し返せ!!」


 ゴブリンとオークたちの呼応する怒号が響く。

 指揮官の死と魔王という言葉に法国兵は狼狽える。士気が逆転した。


『よくも隊長を……!』

『あいつを殺せー!』


 一部奮起した兵士がシャインに群がる。


 ――これでいい。

 初めに作戦聞いた時、こうなることは予想できたはずだ。

 今はただ勝つことだけを考える。



 時間にして一時間、辺りにはおびただしい数の死体が転がっている。シャインは血の海の中戦い続けていた。

 限界を迎えようとした時、戦場に銅鑼の音が鳴り響いた。


 シャインを囲んでいた兵士たちが一目散に逃げてゆく。


 勝鬨が聞こえる。魔王軍のものだ。

 ネオスとゴブキンとオークロードは満身創痍ながら生きていた。

 皆生き残ったのだ。



「不甲斐なくてすまなかった」

「いや、覚悟はしていた」


 リザードマンのリーダー格が言う。一番善戦していたリザードマンは7匹が死に3匹になっていた。残った者も全身ぼろ雑巾のようになっている。

 魔王軍ではない者に犬死にさせるようなことをして心が痛む。


「あなたたちはいくらで雇われたんだ?」

「5ゴールドだ」

「5!?」


 シャインは驚いた。5ゴールドはそこまで大した額ではない。数日暮らせる程度だ。

 それで命を懸けていたリザードマンたちに涙が出てくる。


「ギルド報酬以外に別途500ゴールド渡す。それで亡くなった者たちの家族にも分けてあげてほしい」

「ほ、ほんとうか。かたじけない。シャイン殿の名前は一生忘れない」


 そう言ってリザードマンたちは頭を下げた。



「ふざけるなよ。もっとましな作戦があっただろう」

『そうゴブッ』

『うんうん』


 シャインの怒りにゴブキンとオークロードが相槌をうつ。


「もう俺は怒った。文句を言いにいく。これじゃ命がいくつあっても足りない」

『そうゴブッ』

『うんうん』


 二匹、いや今日ばかりは戦場を共にした二人を連れてシャインは魔王の元に向かった。


 慌ただしく戦後処理をしている中、魔王は仮設玉座に座り各軍団長から報告を聞いていた。

 そこにシャインが入ってゆく。


「作戦が酷すぎる! これじゃ命がいくつあっても足りない!」


 ざわりと周りがどよめいた。

 シャインの言葉に魔王の表情が険しくなった。


「――ってオークロードが言ってました」


 魔王がギロリとオークロードを睨む。


『い、言ってない! ぼぐは言ってましぇん!』


 オークロードがドラマの名シーンばりに叫んだ。野太い声が戦場に響き渡る。

 誠意が伝わったのか魔王が視線を外した。


「……皆不満があってここに来たのは本当なんです」


 シャインが言うと、フリージアが遮るように前に出た。


「貴様らは我らが蹂躙している間の肉壁なのだ。文句あるか?」

「……わたしも魔王様より大切な部下を預かっている身、それを聞いて引き下がるわけにはいきません。何も言っていないのに『肉壁』だなんて、やっぱりフリージアさんも作戦が雑なのを自覚していたんですね」

「く、おのれ!」


 二人の間で激しい火花が飛び散る。

 ゴブキンとオークロードがハラハラしつつもシャインに羨望の眼差しを送っている。

 心なしかオラクールやメフィストも期待する目をしていた。


「もうよい、フリージア」

「ですが」


 フリージアが振り返って魔王にすがるも、それを手で制し黙らせた。


「意見があったらその時に言え。誰も意見するなと言っておらぬ。それでより良い働きをしてくれるなら、こちらとしても歓迎だ」

「……分かりました」


 すんなり受け入れられてシャインが納得した。


「他の軍団長もな」

「ははっ」


 オラクールとメフィストが魔王に頭を下げた。


――――――――――――――


 法国、神殿内にある一室。4人の法王がテーブルを囲んでいた。


「おのれ、化け物が!」


 眼鏡をかけた四角い顔立ちで青髪の青年が怒り任せにテーブルを叩く。全員同じ気持ちなので目に非難の色はない。

 冷静な顔立ちをした水色髪の男が口を開く。


「ベッケンバウアーが死んだか。こちらの戦果は?」

「大悪魔を3匹討ち取ったみたいね」


 唯一の茶髪の女性が言った。


「5匹はやりたかったな」

「おおむね予定通りだ。餌は撒いた、今度はわたしが出て確実に魔王を仕留めよう」


 白い神官着のスキンヘッドの男が言う。


「な、なにも君が出ることはないだろう。ここまできたんだリスクを負う必要はあるまい」


「いや君たちと違って私の寿命はもうすぐ尽きる。これでも通常より何倍も長生きさせてもらった。感謝している。皆のために魔王だけは仕留めて逝きたいのさ」


「そ、そうかありがとう」

 しんみりとした空気の中、三人がスキンヘッドの男に感謝の念を示した。

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