第19話 岐路
またかと思ったシャインだったが魔王の傲慢さが消えた表情を見て改める。純粋にスカウトされているのだと。
シャインはまだ興奮していて話を聞くどころではないので、気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いた。魔王に向き直る。
「ちょっと王国に用事がありますし、今は自由が欲しいので遠慮しておきます」
「他国に行ってもその称号がある限りお前に安住の地はないぞ。当然、隠蔽スキルが通じぬ上位看破を持つ者もいる。バレた瞬間、国をあげて追われることになるだろう。これまで親しくしていた者が敵となり、仲間だと思っていた者には裏切られることになる」
「まるで見てきたように言いますね」
「……」
「うーん」
――そう言われると怖い。
腕を組みながら頭を捻る。
「今魔王軍に復帰すれば軍団長の地位を与えよう」
「うーん」
――どれぐらいの地位なのか分からない。
「ま、魔王様!? お言葉ですが、この者では力不足かと――」
驚きの声をあげたのはフリージアだ。美しい顔を歪ませ激しく狼狽する。
「お前は知らぬが、こやつは強いのだぞ」
「で、ですが、格式ある軍団長の地位をそのように軽々しく――それに実績がない者を据えても誰も納得いたしませぬ」
「そのへんは考えがあるゆえ安心せい」
「ですが――」
「あのー、勝手に話しが進んでいますが、束縛されるのは困るのでやはりお断りします」
「戦争時以外は自由にしていいという条件ならどうだ?」
「うーん、そう言われても。戦争って頻繁にありますよね?」
「十年に一度くらいだ」
「うーん」
――といっても心の準備も覚悟もないしな。
「なにか勘違いしておるな。私は破格の条件を提示しておるのだぞ。話を蹴ったあとで泣きついてきても絶対助けぬぞ」
「それは分かっているのですが。それに、そんな良い地位を頂いておいて戦争時だけでいいなんて許されるのですか?」
「お前はなかなかに甘い奴ゆえ他は多目にみてやろうというのだ」
「なるほど、お心遣い痛み入ります」
「でどうするのだ?」
シャインは人付き合いは苦手なほうだ。でもギルドに自分から加入した時のように積極的に動く時もある。
今、なんかピンときたものがあった。しがらみも増えるだろうが、戦争時以外は自由にさせてくれるというし。情報が手に入りや後ろ盾ができると色々と便利なのもある。
かなりの好条件だと思う。シャインはやることに決めた。
「ではその条件で受けさせて頂きます」
「受けるのだな?」
「はい」
本当に良い条件だとシャインは思った。
むしろ過大評価されている気がする。それはそれで怖いが。
「よし受けたな! あとで反故にしたり裏切ったら全国に指名手配をかけてこの大陸に住めなくしてやるからな!」
――そういうの一番嫌い!
「約束した範囲で! 頑張ります。あと口頭じゃ不安なので一筆書いてください」
「よーし分かった」
この瞬間、シャインの魔王軍入りが決まった。
フリージアが顔を手で覆い首を振っている。
――しまった、これ先に聞いておくべきだった。
「一つ確認したいことがあります、魔王国の軍事力は他国と比較してどうなんですか?」
受けてしまった以上、弱かろうが強かろうが関係ないけれど、強いほうが楽できそうだと思う。
「貴様ー! 絶対的勝者である魔王様を侮辱する気か!」
「フリージア――」
「も、申し訳ございません」
激昂しかけたフリージアを魔王が手で制す。
魔王は気に入らぬといった厳しい目でシャインを見た。
「シャインよ、その質問の意図はなんだ?」
「他意はありません。これから所属する国ですので戦力を把握しておきたいだけです」
「……ふむ、お前は周辺国家を理解しておるのか?」
「いえ、そういうことは全く分かりません。すいません」
「……アルフレッド地図を」
「は」
聞いておきながら知らぬとは、そんな呆れとも白けとも言える空気を出しながら魔王が執事に促した。
執事が一枚の大きなスクロールを魔王に手渡した。
広げると、地図には大きな大陸が二つ並んでいた。
「魔王国はここ、ミール大陸中央やや北にある」
魔王が左側の一枚岩の大陸の、中央付近を指差した。
――結構ど真ん中にあるな〜。
「大国だけを挙げると、北には大山脈があり、ドワーブ・デステマイオンというドワーフ族の王が支配している国がある。洗練された装備で身を固める重装歩兵はどの国からも恐れられている。
北東はアレクサンドリア王国、竜騎兵を配備した強力な軍隊を持ち、滅亡の危機に瀕した時、必ず現れるという救国の守護神がいる。
南東はビザンツ帝国、皇帝自身が英雄クラスの実力者でありながら世界のバランスを変えるほどのアーティファクトを持つという、軍隊も強力だ。
南は獣人主体の国やエルフの国がある大森林が広がり、西は4人の法王が治める法国がある、といずれの国も歴史がある強大な軍事力を持っている。
我が国は、王国以外と敵対している。王国もこちらが弱っていたら、すぐ裏切るだろう。この意味が分かるか?」
「四方八方敵だらけっすね」
「……そうではない。この中で一国でも我が国より強い国があれば、我らはとうに滅んでいよう」
シャインがぽんと手を打った。
「なるほど。つまりこれだけの国に囲まれても、ピクリとも揺るがない国ということですね」
魔王がぐいっと胸を張った。フリージアもドヤ顔を見せた。
「そうだ、やっと分かったか。まあ、こちらから仕掛けて攻め滅ぼすとなったら色々と難しい面もあるのだがな」
「分かりました、ありがとうございます」
「今軍団長で休養を申し出たやつがいる、そいつと交代しろ。エルよネオスを呼べ――」
「はい」
大人しそうで美形である、盲目のサキュバス【エル】が返事をした。
「いや待て――直接私が言った方がいいか。あいつは曲者だからな」
「かしこまりました」
「ではシャイン、すぐに戻ってくるから待っておれ」
「はい」
魔王はフリージアを連れて謁見の間を出た。
残されたシャインにサキュバスたちの好奇の視線が集まる。
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「さあ、誰を選ぶんだい」
青髪ロングヘアーのキツめ美人のサキュバス【レーナ】が、露出の激しいボディコンスーツ姿でシャインに迫る。唇が厚くフェロモンを醸し出し生意気そうな眼差しでシャインを見る。
しかし、当然シャインは先程の変身を覚えている。
「選べと言われても。大体さっきまで『キシャー』とか言ってた人はちょっと」
「うっふふ、あれは仮の姿よ」
「いや絶対本性だろ」
と横から誰かがやってきた。
「細かいこと気にする人はモテませんよ」
黄色い巻き髪の温和そうな巨乳サキュバス【ボナンザ】がレーナを押しのける。シャインの前で両脇で胸を挟み持ち上げるようにポーズを決めた。
胸元の開いた可愛い洋服から谷間が飛び出す。
「魔王様を負かしたテクニック私に見せてくださいな」
「なんの話だ」
サキュバスたちがシャインの前で代わる代わるセクシーポーズをとり始める。
しばらくすると、謁見の間の扉が開き魔王が戻ってきた。
後ろに黒髪黒目の中性的な少年を連れている。
【ネオス・ルークス】
「お前たち何の騒ぎだ」
「あ、魔王様、恒例のパートナーを決めておりました」
「こやつにそんなものは必要ない」
「え……でも。軍団長になった人には――」
レーナたちが不服そうな戸惑いを見せる。
「よいではありませんか」
さらに扉を開けて豪奢な紫の髪に抜群のプロポーションをもった美女が入ってきた。【四天王・万里眼のロザリア・ハーミット】
大きな蝙蝠の翼と捻れた角を生やし、ミステリアスな雰囲気は魔王以上に魔王然としていた。
「それが我らの流儀でございましょう?」
妖艶な笑みをたたえながらロザリアが言う。すかさず、魔王の後ろに控えていたフリージアが反応した。
「ロザリア! 魔王様に意見するとは何事だ!」
「あら、あなたもよく言っているではありませんか」
「私のは意見ではない、魔王国を思ってだ」
「私もですよ」
ばちばちっと火花を散らす二人。
「もうよい、分かった。たしかに連絡係は必要だ。シャインよ誰か選べ」
――選べと言われてもなあ。
ふと部屋の隅に立っている小さいサキュバスの女の子【クル・ハープ】を見つけた。
薄紫色のキューティクルな髪型をした幼女だ。
初めに叩き起こされた時の少女であり、潜入時アークの部屋を教えてもらったのもこの子である。
「じゃあ、あの子で」
「クルだな、分かった」
クル・ハープを指さした。
いきなりスポットライトを浴びたようにクルの瞳が揺れた。
それを聞いた他のサキュバスたちは露骨に舌打ちし、白い目でシャインを見ながらひそひそ話をしている。
シャインはすっかり蚊帳の外になっていたネオスとばちっと目があった。
微笑をもって返される。
――ドキッとする人だなあ。
その後、魔王から話は通っているらしく、シャインが軍団長、ネオスが補佐役ということで滞りなく決まった。
「立場はお前の方が上だが怒らせるなよ。ネオスはこう見えて恐ろしい奴だ。同じダークエルフ同士仲良くやれ」
――え、この人ダークエルフなの? 全く見えないし。
「よろしくシャイン君」
「こちらこそよろしくお願いしますネオスさん」
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〈ロザリア・ハーミットの部屋〉
たくさんの書棚がある木造の室内。
「ほんとフリージア様と仲悪いっすよね」
あっけらかんとそう言ったのはロザリアの副官ココ。茶髪のショートヘアでリスのような愛くるしい顔立ちをしている。
小柄で戦闘力はサキュバス族の中でも最も低いが、この屈託のない意見を言うことが気に入り、ロザリアは傍に置いている。
「あら私はサキュバス族として当たり前のことを言ったまでよ」
「ですがフリージア様は魔王様のお気に入りですし、見ているこっちはヒヤヒヤものですよ」
「あの子は融通が利かないからねえ。やっぱりハーフとは反りが合わないのかしら」
「ちょ、それ魔王様の耳に入ったら殺されます」
さっとココの顔が青ざめた。
「この部屋は大丈夫よ。魔王様もね、もう少し甘さが抜ければいいのに。人間のような餌に温情を与えすぎなのよ」
「ひー聞こえない聞こえない。私は何も聞いていない」
ココが目と耳を塞ぎながら念仏のように唱える。
「安心して。私は誰よりも魔王様の力は認めているのよ。規格外という言葉すら生ぬるい、サキュバス史上間違いなく最強。我らを導くために生まれてきたようなお方だと」
ううん、本当は滅ぼすため。
最後の言葉は口に出さずロザリアは遠い目をしてあの日の、魔王が初めてやってきた時のことを思い出した。
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