ダメ姉は、修学旅行へ出発する(その3)

「―――や、やっと……着いた……」

「疲れましたね姉さま……」

「あー……もう、お腹ペコペコよ」


 修学旅行一日目。すっかり日も落ちすでに辺りは薄暗くなってきた頃。私たちはようやく京都へと辿り着き学校から指定されていた宿へと辿り着く。


「ま、マコさん……それに皆さんも。だ、大丈夫ですか……?」

「あ……和味先生……すみません、立花班……只今到着しました……」


 満身創痍の私やコマたちを宿の前で待っていたのは、私の料理の師である清野和味先生だった。


「ず、随分予定していた時刻よりも時間がかかりましたね……?心配していましたよ。何かトラブルでもありましたか?」

「まあ、その。色々ありまして……ははは……」

「…………母さん、かあさん……かあさぁん……」


 チラリと後ろで魂の抜けた様子のヒメっちを見て私は盛大にため息を吐く。……予定していた時刻を1時間以上オーバーしての京都到着した私たち。原因は……このマザコン娘にある。

 ここまでたどり着くのにはそれはもう大変苦労させられた。なにせヒメっちと来たら……目を離した一瞬の隙に戻りの新幹線に乗り込もうとするのは当たり前。酷い時には車掌さんに脅迫したり泣きついたり新幹線をジャックしかけたり、新幹線の窓や扉を叩き壊してお母さんの元へと帰ろうとしたりするんだもん……


 そんな暴走するヒメっちをどうにか抑え込み、逃げ出すヒメっちを捕縛したり宥めたりヒメっちのお母さんの声真似したり。そんなこんなと四苦八苦しているうちに気づけばもうこんな時間になっていた。

 それでもどうにか無事本日中に京都に辿り着いたのは奇跡に近いと思う。頑張った……私ホント頑張った……!


「よくわかりませんが……とりあえずマコさん。マコさんたちの班は、今日は部屋のシャワーを使ってください。残念でしょうけど、今日はもう皆さんが温泉に入れる時間は過ぎちゃっていますので……」

「ああ、いえそれで良いです。それが良いです……」


 幸か不幸か温泉に入る気力なんて残っていないもの。ヒメっち振り回され慣れないツッコミに徹し……今日はホント疲れたし……


「夕食の時間まではお部屋で自由に過ごして大丈夫ですが……夕食は全員大広間で集合してから食事となっています。今度は遅れないように気を付けてくださいね」

「わかりました。遅刻厳禁ですね」

「よろしくお願いしますね。それはそれとして…………ところで、マコさん?」

「?あ、はい。どうしましたか先生」

「あの……えと。見間違いというか、何かの間違いかと思い敢えてスルーしていたのですが」

「はい」

「……そのぅ。どうして……うちの学校の関係者ではない柊木さんが、マコさんの後ろでさも当然のようにいるのでしょうか……?」

「……あっ、あー……」

「?あたしがどうかしましたかー?」


 心底不思議そうに首を傾げてレンちゃんを指さす和味先生。ごもっともな質問をありがとうございますせんせー。ヒメっちに振り回され過ぎて、勝手に修学旅行に付いてきたレンちゃんをどうするか考えるのすっかり忘れてたわ……


「あー……すみません和味先生。実はですね―――」


 とりあえずかいつまんで先生に事情を説明する事に。


「―――と言うわけなんです。すみません、私の監督不行き届きです……」

「そ、そうなんですね……え、ええっと……どうしましょうね……旅館の人に頼んで今から部屋を用意してもらう……のも、急すぎて無理でしょうし。私たち教職員の部屋に泊めようにも、他の先生たちになんて説明すればいいかわかりませんし……」


 流石に予想外過ぎるレンちゃんの行動を前に、和味先生はとても困った顔をしている。そりゃそうだよね。自分の学校の生徒でもない子がおまけで付いてきたとか、どうすりゃ良いんだって先生が困っちゃうの当たり前だよね……


「では姉さま。近くの別の旅館や……最悪ビジネスホテルに電話して、空き部屋がないか確認してみるのは如何でしょうか?そこにレンさまを泊めてみては?」

「う、うーん……コマのアイデアも悪くはないとは思うけど……流石に見知らぬ土地でレンちゃん一人だけを泊めるのは心配だからねぇ……3泊4日ともなればお金も結構かかっちゃうだろうし……」

「じゃあこの旅館の外でリード繋いでおいて貰えば良いんじゃないの。それならお金もかかんないわよ」

「カナカナはレンちゃんは何だと……犬じゃないんだからさ……」

「似たようなもんでしょ?」

「……ならいっそ、今からこの後輩を家に帰してやれば良い。心配しなくてもこの私が責任もって送り届ける」

「ヒメっち。キサマは尤もらしい口実付けてるけど、それただ自分が家に帰りたいってだけでしょうが……」

「……チッ」


 あーでもないこーでもないと全員で頭を悩ます。はてさてどうしたものかね。


「皆さん、そんなに心配しなくてもあたしは大丈夫ですよ!」


 そんな中、当の本人はというとケロッとした顔でそんなことを言ってくる。大丈夫って……レンちゃんには何か考えがあるのだろうか?


「レンちゃん。もしかして今日から3日間、泊まるアテでもあるのかな?」

「勿論ありますよ!」


 その言葉を聞いてホッとする。良かった……あるんだ。まあ、何もアテとか無しに修学旅行に付いてくるわけはないか。

 …………なんて、安心した私だったんだけど。


「心配しなくても、あたしは―――マコ先輩のお部屋にお泊りしますから!マコ先輩のお布団温めますから!一緒のお布団で眠りますから!」

「えっ?」

「「「……ぁ?」」」


 このレンちゃんの一言で、場は一気に急変した。


「百歩……いいえ、千歩譲ってマコ姉さまのお部屋。ひいては私たちの部屋に泊まることに関しては許しましょうレンさま。ですが……姉さまのお布団で姉さまと寝る?笑えない冗談ですね。そのポジションは、この私ただ一人のモノです」

「笑えない冗談言ってるのはコマちゃんもよ。長年夢見てた、マコと一緒に寝るってシチュ……これをどれだけ待ち望んだか。……ダメよ。ダメ、許さない。その尊き理想郷は、このわたしが頂くわ」

「先輩たちは邪魔しないでください!こういう時でしか、あたしは先輩と一緒に寝る事なんて出来ないんです!」

「わ、私も……私だって……マコさんと一緒に寝たいです……」


『一緒のお布団で寝る』


 そんなレンちゃんの悪魔の一言。それは、血で血を洗う……立花マコ争奪戦in京都の幕開けとなった。コマも、カナカナも。言い出しっぺのレンちゃんも、どういうわけか先生までもが加わって。自分こそが私と一緒に寝ると言い出したのである。


「やめて、私の為に争わないで!?」


 どこかで聞いたようなフレーズのベタなセリフを言わされるとは……しかもこんな『私との同衾券』というバカみたいなものの為に喧嘩なんてしないで頂戴な……

 つーかそもそも、私と誰かと同衾するって話……私自身は許可した覚えなんかないんだけどね!?


「止めないでください姉さま……私と姉さまのラブラブ姉妹婦ー婦の愛の添い寝を邪魔する者共は、今ここで排除すべきなのです…………永遠に」

「大丈夫、すぐにこいつら片づけるから先に布団に入って布団温めておきながら待ってなさいマコ。今日はいっしょに楽しいことしましょうね」

「マコ先輩!心配しないで良いです!どれだけこの先輩たちが強くても、最後に勝つのはあたしです!若さってものを見せつけてあげますよ!だからあたしと、一緒にお布団で寝ましょうね!」

「マコくん、安心してくれ。必ずやこの不届き者たちに勝利し君の元へ駆けつけるよ。―――二人、布団の中で楽しく朝まで料理について語り合おうじゃないか」


 全員一歩も譲る気はないらしい。すでにいつものように臨戦態勢。自分の主義主張を通す為、今にも拳と拳が飛び交いそうな緊迫した空気がこの場に流れてくる。コマはちょっぴり黒コマモードだし、カナカナもレンちゃんも殺気立ってるし、先生に至っては包丁持って人格チェンジしちゃってるし……

 ダメだ……このままじゃ旅館の人とか他のお客さんに迷惑になるし……最悪の場合コマたちが怪我しちゃいかねない……


「(な、何かないか……?平和的に解決する方法は……何か……)」


 慌ててキョロキョロ何か役に立ちそうなものはないかと探してみる。そうしていると、ふとあるものが視界に入る。

 コロコロと大浴場の方から転がってきたピンポン玉。それを見て咄嗟にこんな提案を皆にしてみる私。


「た、卓球!」

「「「「えっ?」」」」

「温泉卓球!温泉卓球で、勝負を決めよう!?」



 ◇ ◇ ◇



「……ねえ。なんでマコ、温泉卓球で勝負を決めようとか言い出したの?」

「し、仕方ないでしょ……とにかく平和的な解決方法がないかなって考えて、咄嗟に思いついたのがそれだったんだよ……」

「……ふーん。まあ、私は別になんでも良いんだけどね。―――それより母さん、今宿に着いたよ♡母さんは元気?今からご飯?うん、うん……今食べてる?私の手作りの料理を?……えへへ♪作り置きでごめんね、帰ってきたら京都のお土産で美味しいもの作るからね♡」


 ようやくヒメっちマザーとテレビ電話が出来るようになったことで、多少は落ち着き始めたヒメっちにそうツッコまれる私。だってそれしか思い浮かばなかったもん……

 で、でもまあ我ながらいいアイデアだったんじゃないかなって思う。卓球ならどれだけ白熱しても怪我するような事にはならないだろうし。


「うふふ♪姉さまはお優しいです。私と添い寝してくれるために、私に有利な競技を選択してくださるなんて……♡」

「ハッ!調子に乗るのもそこまでよコマちゃん。他の分野ならいざ知らず。身体を使う競技なら、コマちゃんにだって引かないわよわたし」

「あたしだって、運動だけが自慢ですから!先輩たち、覚悟してください!」


 運動神経抜群な三人は自信満々。なんでも出来るコマは言うまでもない事だけど、カナカナやレンちゃんもかなりの身体能力を持っている。これはいい勝負が見られるかもしれない。


「うぅ……た、卓球ですか……わ、私運動そのものが苦手なのですが……」


 そんな3人とは対照的に。唯一和味先生だけはかなり自信がなさそうだ。料理一筋で運動なんて全然やらないって先生言ってたもんなぁ……


「ど、どうしましょう……どうしましょう。私……このままじゃ、勝てる気がしないんですけど……ど、どうすれば良いんでしょう……」


 うーむ……なんかちょっと可哀そうになってきた。私が卓球で勝負だって言ってしまったばっかりに……


「ねえヒメっち。運動が苦手な先生も卓球を楽しめる方法って何かないかな?」

「……ん?んー……そだね」


 テレビ電話中のヒメっちに相談を持ち掛ける。ヒメっちは少しの間考えて、そしてこう答えてくれた。


「……ラケットの代わりに、しゃもじでも持たせたらいけるんじゃない?」

「ほうほうなるほど。しゃもじを…………しゃもじを?」

「……人格変わって好戦的になれば少しはやり合えるかもよ」

「……いや、確かに似てるけど……しゃもじとラケットってパッと見似てるけど……しゃもじで卓球なんてできるの……?」

「……知らん」


 無責任だなオイ……まあ、でも他に何も思いつかないし。とりあえずその案を先生に提案してみることに。はてさてどうなる事やら……


「それではルール説明です。まず、最初はくじ引きで決まった通り―――私とレンさま。そしてかなえさまと先生がペアとなっての二対二のダブルスで勝負しましょう。そして勝ったペアが今度はシングルスで勝負し……最終的に優勝した者が姉さまと一緒のお布団で一緒に寝る権利を得ます」

「それで良いわ。……んでもって温泉卓球のルールの確認だけど。基本的には普通の卓球と同じ。ただ普通のと違って、ダブルスではあるけど交互に打たなくても良いわ。それと、6点を先に先取したほうが勝利よ」

「あとは……折角温泉のある宿で温泉卓球をするわけですし。浴衣を着て勝負しましょう!」


 ちゃっちゃとルールも決まったところで、早速浴衣に着替え旅館の従業員さんにラケットとピンポン玉。あと卓球台を借りてきたコマたち。

 ……浴衣に着替えたコマたちは、それはもう綺麗だ。元々美人&美少女軍団だけど……浴衣に着替えた事で更に色気まで付いちゃってドキドキする。


「呉越同舟。この勝負が決まるまでの間ですが……それまでは結束して頑張りましょうレンさま」

「わかりました立花先輩!必ず勝ちましょう!」

「先生さぁ……しゃもじでちゃんとやれるの?足は引っ張らないでくださいね」

「ふ、ふふふ……ハハハハハ!貴様、誰に物を言っている!マコくんと料理を語り合う為にも、私はこんなところでやられたりはせぬぞ!」


 ……まあ。そんな美人&美少女軍団が今からやる事は、私との添い寝の権利を賭けた温泉卓球ってわけだから何ともしまらないけどね……残念美人&美少女軍団……


「ではサーブは私たちから。―――いきますよ」


 そうこうしているうちに勝負開始。静かにピンポン玉をトスし、そしてその球をラケットに当てるコマ。ボールはカッ!と軽快な音を立ててカナカナたちのコートへと飛んでいく。コースも打球の速さもプロ顔負け。レンタルの表面つるつるな品物の良くないラケットを使っているとは思えない。流石コマ。


「ふっ……甘いわコマちゃん」


 そんなコマの渾身の第一打を、カナカナは素早く反応し台からボールが落ちる前に見事にカットしてコマたちの方へと容易く返す。コマに隠れがちだけど、カナカナもやっぱ凄い運動神経だなぁ……


「なんの、これしきです!見ててくださいねマコ先輩!それー!」


 その戻ってきたボールに凄まじい速さで追いついて、レンちゃんは力一杯ボールをラケットで叩きつけるように弾く。コースも威力もすさまじい強烈な一打。運動だけなら誰にも負けませんっ!と豪語するだけあってレンちゃんも中々やるな。


「温いな……この程度で決められると思ったか……!」


 普通ならこれで勝負が決まったかと思えるくらいのレンちゃんの打球を、人格が変わった先生はさらに鋭く打ち返してきた。……ホントにしゃもじで何とかなってる……ある意味他の誰よりも凄いな先生……


「まだまだですね。これで……どうです!」

「コマちゃんこそまだまだね、喰らいなさい!」

「負けませんから!あたし、絶対に負けませんから!」

「貴様ら全員なぎ倒し、勝利とマコくんはわが手に……!」


 一進一退の攻防は続いていく。なんか、プロの試合でも見ているのかと思うくらいハイレベルな応酬になってきた……


 コマが鋭い回転の珠を出すと、カナカナはそれをタイミングよくカットして返す。レンちゃんが力強いスマッシュを繰り出すと、回り込んで先生が更に強力な球を打ち返す。手に汗握るラリーが延々と続く、続く。続いていく……








「……ねえ、マコ」

「何かなヒメっち」

「……このラリー、いつまで続くの?いつ終わるの?」

「…………しらない」


 ……最終的に。旅館の従業員さんから『すみませんお客さま……本日の遊戯室の使用時間、とっくに過ぎているのですが……』とお達しが来るまでこのラリーは続き。勝負がつかなかった事をここに記しておく。

 ああ、あとどうでも良いけど。遅刻厳禁と言われていた夕食も当然のように遅刻して。お風呂だけでなく夕食も抜きになってしまった事もついでにここに記しておく。…………今日はホント、散々な一日だったわ……


 ……え?それでお前は結局誰と一緒に寝たのかって?……勝負が決まらなかったわけだし、当然一人で寝たよ?…………そして当然のように、コマたち4人は夜這いしにきたよ?

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